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基礎医学セミナー

第5回 がん患者の症状緩和に役立つ漢方薬

―漢方薬の有効性を示す,臨床につながる基礎研究―

上園保仁

がん患者と対症療法 Vol.22 No.2, 64-70, 2011

はじめに
 2009年より始まりました基礎医学セミナーも,今回で5回を数えます。がんの基礎医学研究が臨床医学にどのように結びついているか,そしてがん患者のために活かされているのかについて紹介させていただいております。前回の第4回では,がん患者の生活の質(quality of life ; QOL)を下げるものは痛みに止まらず疲労感,倦怠感,食思不振,不眠,便秘,嘔気・嘔吐などたくさんの症状があること,そしてこれら一連の症状は進行がん患者の「悪液質」と呼ばれる症状で多くみられることをお伝えいたしました1)。このように,がん自体によりQOLを低下させる症状が身体全体に起こりますが,くわえて抗がん剤による痛み,しびれ,嘔気・嘔吐などの副作用にも苦しみます。個々の症状に対応し症状緩和を行うことは重要ですが,身体全体に働いて症状を緩和させる方法があればさらによい……しかしながら,そのような方法はなかなかありません。
 日本には,病を個別にみるのでなく人を全体的に診てその人の症状を和らげる「漢方医学」「漢方薬」というものがあるのを皆さんもご存じのことと思います。近年,科学的なアプローチにより漢方薬の作用メカニズムの一端が解明されてきました。今回は,それらの研究の紹介を通して,がん患者のもつさまざまな症状の緩和に漢方薬が役立つ可能性があることをお話しいたします。

漢方薬とは

 漢方薬は,中国4000年の歴史を経て……といわれることが多く,中国の薬と思われがちですが,「漢方:Kampo」とは,中国から日本に入ってきた中医学,そこで使われている中薬を,日本の気候風土にあわせて,また日本人の身体にあわせて江戸時代,17世紀頃より独自に発展させてきたものです。基本的には中国で生まれた薬の歴史に沿ってつくられ,用いられているものですが,あくまでも日本独自に発展を遂げた薬です。
 漢方薬で現在公的医療保険の適用になっているものは148品目,そこに用いられている生薬の種類は約300種類,剤形としてはそのほとんどがエキス製剤として用いられています。このさまざまな生薬の組み合わせでできている漢方薬がなぜ効くのかについて,近年科学的アプローチによる証明が次々と行われています。欧米諸国では,いわゆるエビデンスのないものについては薬として認められないのが通常です。したがって,中国,韓国,日本で用いられている漢方的医薬は,薬としてではなくサプリメントのような西洋医学の補完代替療法(complementary and alternative medicine ; CAM)として評価,理解されているのみでした。しかし,日本の漢方薬に限っていえば,科学的アプローチによる基礎研究の結果,くわえて臨床研究においても質の高い試験が行われはじめており,さらに中国や韓国の薬は真似のできない,日本だけがもつ「常に同じレベルの漢方薬を提供できるという品質管理の高さ」から,次第に欧米でも薬として認められる方向に向かっています。日本のある種の漢方薬の臨床治験は今や米国でも行われており,現在も継続中です。この結果が良好であれば,漢方薬は日本オリジナルの薬として欧米で認可され用いられることになります。この数年で漢方薬を用いた実験結果が一流といわれる雑誌に掲載される機会が増えてきました2)3)が,漢方薬が欧米で注目されるに至ったのには,世界的にも有名な外科の雑誌「Surgery」に,漢方薬はエビデンス(科学的に検証された確かな効果)がある! ということで2009年に掲載された論文の存在があります4)。「Surgery」の編集委員長でありMayo Clinic外科教授であるサール博士も絶賛した,「Kampo Medicineは,もはや米国で盛んに研究されているCAMの1つという立場ではなく,そこから脱出した科学的なエビデンスに基づいた研究が行われている薬物である」という総説が欧米の医学界に火をつけたといってよいでしょう。2011年11月に出版された日本の雑誌「Pen PLUS」に1冊丸ごと漢方薬が取り上げられ,詳しく説明してあります。そちらも参照していただければと思います (図1) 5)。

明らかになってきた漢方薬の効果とそのメカニズム

 漢方薬は全体的に患者の症状を緩和させるという印象があるのですが,がん患者のもつ症状のなかで,この症状,この疾患ではこの漢方薬,といった使用が行われはじめています。その一部を挙げさせていただきます。
 患者にがんが見つかったときにとりうる方法は,外科手術,放射線療法,抗がん剤による治療,およびその組み合わせなどがあります。いずれの場合にも患者の全身状態に大きな影響を与えます。術後は身体の回復が大変ですし,放射線療法や抗がん剤治療にはさまざまな副作用が伴います。漢方薬は,それらによるがん患者のQOLを低下させる症状を和らげることがこれまでの臨床医の経験から知られ,そして現在その経験が科学的アプローチにより裏打ちされつつあります。
 経験と科学に基づいた漢方薬の臨床効果について,代表的な対応を紹介します。

1.外科手術の副作用

 外科手術による術後の腸管の癒着,腸管運動不全,イレウスなどに対して,これらの症状緩和に大建中湯が奏効することがわかってきています。大建中湯は腸管の細胞にあるtransient receptor potential(TRP)チャネル,特にTRPV1ならびにTRPA1を活性化することにより,腸管運動を活発化させたり腸管癒着を防止することがわかりました4)6)。

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