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結核と非結核性抗酸菌症

合併症のある結核患者の治療戦略

Strategies for treatment of patients with tuberculosis in special situations.

永井英明

Pharma Medica Vol.30 No.6, 23-25, 2012

はじめに
 結核の治療は,一般的には比較的容易である。治療が順調に経過する条件は,耐性結核菌でないこと,副反応が起こらないことである。しかし,合併症のある症例では,結核の治療と合併症の治療を両立させなければならず,工夫や注意すべき点がある。
 リファンピシン(RFP)は肝臓においてチトクロームP450を誘導し,各種薬剤[ステロイド,免疫抑制薬,抗ヒト免疫不全ウイルス(Human Immunodeficiency Virus;HIV)薬,糖尿病治療薬など]の代謝を促進する。その結果,併用薬剤の血中濃度の低下をもたらし,基礎疾患の悪化をきたすことがある。したがって,薬剤の組み合わせには十分注意し,可能であれば併用薬剤の血中濃度のモニタリングも考慮すべきである。その結果によっては併用薬剤の増量が必要な場合がある。
 ここでは,種々の合併症をもつ結核患者の治療戦略について述べる。

KEY WORDS
●結核 ●腎障害 ●肝障害 ●HIV感染症 ●妊娠

Ⅰ.腎障害,腎透析

 腎障害時に,安全で十分な抗結核薬の血中濃度を得るためには,一般に投与期間を空ける方法がとられる。投与量の減量は最大血中濃度を低下させるため好ましくない。日本結核病学会は,1986年に腎不全時ならびに人工透析時の抗結核薬の投与量と投与間隔についての見解を示した1)。一般に,抗結核薬は透析外液に移行するので,透析終了後に投与すべきである。
 イソニアジド(INH)とRFPは肝臓で代謝されるので,腎不全の場合でも通常の投与法でよい。
 エタンブトール(EB)は80%が腎臓で排泄され,腎不全患者では蓄積する。したがって,血液透析患者ではEBの投与は週3回投与が推奨される。
 ピラジナミド(PZA)は肝臓で代謝されるが,腎不全患者では代謝産物が蓄積する。米国のガイドライン2)では,PZAの透析時の投与法は25~35mg/kg週3回が推奨されている。
 ストレプトマイシン(SM),カナマイシン(KM),エンビオマイシン(EVM),アミカシン(AMK)は腎排泄であり,腎障害時には使用を控えるべきであるが,用いる場合は投与量の調節が必要である。
 フルオロキノロンはある程度腎排泄されるが,薬剤により差がある。レボフロキサシン(LVFX)はモキシフロキサシンよりも腎排泄されやすく,750~1,000mgで週3回投与が推奨されている2)。
 腹膜透析患者での薬剤投与のデータはないので,可能であれば血中濃度を測定しながら治療をすべきである。

Ⅱ.肝障害

 多くの抗結核薬は肝臓で代謝されるので,不安定な肝疾患や進行した肝疾患をもつ患者では,抗結核薬による肝機能障害を生じやすい。肝機能に余裕がない場合は,重篤な肝機能障害をきたす可能性がある。また,肝機能を示す血液データが変動する場合,基礎疾患としての肝疾患によるものか,薬剤に起因するものか判断が難しいことがある。粟粒結核などでは,結核病変による肝機能障害も生じるため,さらに問題を複雑にする。しかし,結核による肝機能障害は,結核の治療により改善する。
 肝疾患がある場合でも,多くは抗結核薬の投与量を減量する必要はないが,注意深く臨床経過を追い,肝機能検査を2週間に1回の割合で行って,肝障害の早期発見に努める必要がある。ただし,すでに重篤な肝障害があるときは投与量を減らす必要がある。なお,PZAとエチオナミド(TH)は重篤な肝障害を生じやすいので,肝障害時には投与を避けるべきである。重症肝不全ではPZA,INH,RFPのいずれも使用できない場合があり,その際にはSM,EB,LVFXの3剤治療を考慮する。

Ⅲ.HIV感染症

 免疫機能が低下する病態のうち,最も結核発病のリスクの高い疾患はHIV感染症である。免疫不全患者に合併した結核といえども,治療の遅れがなく耐性菌でなければ,一般に治療には良好に反応する。多剤耐性結核菌では治療に難渋し,免疫不全状態では予後不良である。
 HIV感染症では薬剤の副反応が起こりやすく,特に,抗結核薬では皮疹と肝障害の副作用が多い。抗結核薬と抗HIV薬を同時に内服する場合は両者の副反応を生じる可能性が高く,原因薬剤の同定が困難となるだけでなく,すべての治療を中断せざるを得ない状況に追い込まれることがある。
 リファマイシン系薬剤(RFP,リファブチン,リファペンチン)は,肝臓と腸管においてチトクロームP450(CYP3A4)の誘導作用が強い。CYP3A4により代謝されるプロテアーゼ阻害薬や非核酸系逆転写酵素阻害薬の血中濃度は,リファマイシン系薬剤と併用することにより著しく低下し,抗HIV作用は低下する。抗HIV薬を開始する場合は,薬剤相互作用を考慮した薬剤の選択が必要となる。
 結核治療中に早期に抗HIV療法を開始した場合,結核の一時的悪化をみることがある3)。症状・所見としては高熱,リンパ節腫脹,胸部X線所見の悪化(肺野病変および胸水の増悪)などがみられる。この反応は細胞性免疫能が回復し,生体側の反応が強くなったために引き起こされると考えられており,免疫再構築症候群といわれている。
 免疫再構築症候群と診断された場合は抗結核薬の変更は必要ないが,症状が強い場合は抗炎症剤や短期の副腎皮質ステロイドの投与,重症例では抗HIV薬の中止が必要になることがある。
 感受性菌であれば,非HIV感染者における結核と同様に抗結核薬によく反応する。治療法としては,標準短期療法でよいとされている4)。しかし,空洞例や2ヵ月間治療しても結核菌が培養陽性の症例では,治療期間を3ヵ月間延長すべきである4)。
 結核の治療開始後に抗HIV療法(Antiretroviral Therapy;ART)を開始する時期については以前より議論があったが,2011年10月にARTの開始時期について3つの論文(Randomized Controled Trial) 5)-7)が発表された。これらの論文から判断すると,CD4<50/μLの免疫不全進行例では結核の治療開始後2週目にARTを開始し,CD4≧50/μLでは結核の治療開始後8~12週にARTを治療開始することが勧められる。しかし,前者では免疫再構築症候群を高率に合併するので,合併した場合致命的になる可能性の高い結核性髄膜炎例などでは,ARTの早期開始は勧められないだろう8)。また前者では副反応によりARTの薬剤変更を行った例が有意に多かったという指摘もあり7),結核薬4剤,ART3剤,日和見感染症予防薬などの多剤を服薬せざるを得ない状況では,やはり副反応には注意が必要である。多剤耐性結核菌や耐性HIVの場合は,薬剤の選択がさらに複雑になり,慎重な判断が求められる。

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