<< 一覧に戻る

血小板をめぐる最近の話題

(トピックス)iPS細胞の目指す方向性;血小板産生系を例に

Direction of induced pluripotent stem cells:application for platelet generation from iPS cells.

江藤浩之遠藤大

Pharma Medica Vol.30 No.5, 59-64, 2012

はじめに
 さまざまな体細胞から胚性幹細胞(Embryonic Stem cell;ES細胞)と同等の能力をもつ多能性幹細胞(人工多能性幹細胞;Induced PluripotentStem cell;iPS細胞)1)2)が樹立されてから5年が過ぎた。国をあげてこの細胞のアプリケーションに関する研究が展開されている一方,その多くの実現可能性に関しては欧米や中国,韓国に先を越されようとしている。どうしたらわが国発の画期的な技術革新を世界中に発信しつつ,わが国の国民全体の利益につながるのであろうか。その命題を解決すべく,2年前から京都大学にiPS細胞研究所が設立され,比較的若い主任研究者を中心に総勢300名近い人々が集っている。筆者も昨年本研究所に参画することになり,新たな視点でこの細胞に向き合うことになった。本稿では筆者が行っている“血小板”研究を題材に,iPS細胞研究が向かう方向性を議論してみたい。

KEY WORDS
●iPS細胞 ●血小板 ●ヒト造血発生 ●疾患解析

Ⅰ.iPS細胞の誕生によって生まれた研究領域

 幹細胞とは何か?当たり前の質問であるが,意外に答えられない。教科書的には,“自己複製能”と“多分化能”を併せもつ細胞として定義付けられる。多分化能も,英語では“pluripotency”と“multipotency”の2語があるのであるが,iPS細胞のもつ能力はpluripotencyであり,組織幹細胞(体性幹細胞),たとえば造血幹細胞がすべての血液細胞をつくり出せる能力はmultipotencyと呼ぶことができる。究極の幹細胞は受精卵であり,この受精卵由来の胚性幹細胞(ES細胞)が1981年にEvansによって作製されてから3)の劇的な研究発展は,凄まじい。ほとんどの医学生物学研究者がどこかでお目にかかった遺伝子改変マウス(例;ノックアウトマウス)が飛躍的に発展したのも,マウスES細胞がもつ特殊な能力,自己複製能や多能性があれば,の話である。その後誕生したヒトES細胞は4),多能性を利用したさまざまな細胞への分化能力を当て込んだ“再生医療”の道具としてクローズアップされるようになった。ヒトES細胞研究がまさに世界中に旋風を起こしかけた矢先,米国ではブッシュ前大統領が宗教的な理由から,NIH予算をごく限られた既存のヒトES細胞の使用のみに許可するとの決定を行い,この分野の研究進行のスピードアップが制限される事象が発生した。こうしたなかで,米国を中心に,倫理的な問題を回避できるES細胞様の万能細胞を誕生させようという激烈な競争が水面下で起きていた。そのなかで,京都大学再生医科学研究所(当時)の山中伸哉らによって世界初として発表されたiPS細胞の誕生は,人々を驚愕の渦にのみ込んだ。細胞が先祖返りできるという“事実”,それがたった4つ(Oct3/4, Sox2,Klf4, c-Mycあるいはc-Mycを除く3つ)の遺伝子によって成し遂げられたこと,その遺伝子群が細胞核のなかの環境を変えられること,何よりすごいのは,ES細胞と同じような“万能性”が獲得できることを証明したことにあった1)-4)。
 iPS細胞の誕生は,アイディアがあってもできないだろうと勝手に考えていた多くの研究者たちに革命をもたらすことになった。その例として,すべての体細胞を必ず“ES細胞様”の初期胚に近い状態に戻さなくても,特定の細胞系譜へ直接トランスフォーメーション(分化転換)が実現できることが次々と発表されている。実例として,皮膚線維芽細胞から神経5)や心筋6),肝臓7)などが特定の転写因子遺伝子を強制発現することで実現している。また,慶應義塾大学の松原らも,特定の転写因子を線維芽細胞に強制発現させることで,直接血小板産生巨核球を誘導できることを見いだしており8),このように先祖返りの概念および実現化は,人為的な操作に伴う細胞の誕生を実現するエンジンになった。こうした点でも,山中らの仕事は人類に多大なインパクトを与えたと評価できる。

Ⅱ.血液学研究におけるヒトiPS細胞の有用性

 すべての血液細胞は一生涯,組織幹細胞の1つである造血幹細胞によって供給される。Yolk-sac造血によって開始される血液発生は,その後成人型造血の“場”であるAGM領域,胎児肝臓,骨髄と血液産生場所を変えながら成立することがマウスモデルの解析によって明らかにされてきた9)10)。しかしながらこの造血発生モデルが実際にヒトにおいても完全に当てはまっているのかの精密な検証はなされていないし,倫理的な問題を伴う研究である。ヒト多能性幹細胞の最も魅力的な点は,細胞・組織の発生を生体外で模倣(recapitulate)できることにある。現在では,培養皿での分化方法を工夫することで,特定の血液細胞への分化成熟を促進し,その発生を詳細に検証できるようになったことから,筆者の研究室においても同様の研究を推進している11)。
 iPS細胞のさらなる利点は,病気を発症している患者の体細胞からiPS細胞を樹立することで,病気の発症機構をその患者が生まれた状態(受精卵の状態を仮想)に遡って解析できることにある。各種の病態や病気の多くは,げっ歯類動物を用いた遺伝子欠損モデルなどの作出とその個体レベルでの解析によって明らかにされてきた歴史がある。しかしながら,動物モデルの一部はヒトの病態と乖離していることも明らかにされている。以下に筆者らが現在解析を行っている疾患iPS細胞の一例を紹介する。

Ⅲ.iPS細胞技術を用いた疾患病態解析

 遺伝性無巨核球性血小板減少症(congenital amegakaryocytic thrombocytopenia;CAMT)は血小板造血に重要なトロンボポエチン受容体c-Mplの遺伝子異常によって発症することが知られている遺伝性疾患である。c-mpl欠損マウスは,造血障害は認めるものの骨髄移植などの処置は必要とせず,本来の寿命を維持する。しかし,CAMT患者は幼少期の著明な血小板減少が観察された後に汎血球減少や骨髄不全が進行し,骨髄移植をしなければ死に至る重篤な疾患である。このようにマウスモデルとヒトの実際の病態が乖離している場合には,前述のようにヒト細胞を用いた解析が病態解明のためには必須であると考えられる(図1)。

記事本文はM-Review会員のみお読みいただけます。

メールアドレス

パスワード

M-Review会員にご登録いただくと、会員限定コンテンツの閲覧やメールマガジンなど様々な情報サービスをご利用いただけます。

新規会員登録

※記事の内容は雑誌掲載時のものです。

一覧に戻る