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文学にみる病いと老い

第68回 「リア王」シェイクスピア

長井苑子泉孝英

Pharma Medica Vol.30 No.4, 136-140, 2012

福田恆存訳
シェイクスピア全集第12巻,昭和47年新潮社刊,昭和42年11月新潮文庫に収録

老王リアは退位にあたり,三人の娘に領土を分配する決意を固め,三人のうちでもっとも孝心のあついものに最大の恩恵を与えることにした。二人の姉は巧みな甘言で父王を喜ばせるが,末娘コーディーリアの真実率直な言葉にリアは激怒し,コーディーリアを勘当の身として二人の姉にすべての権力,財産を譲ってしまう。老王リアの悲劇はこのとき始まった。四大悲劇のうちの一つ。
(新潮文庫本カバー裏表紙より引用)

 年齢を重ねると,いろいろな経験から,世の中のこと,人間のことについて学習することができる。このため,体力や気力が低下しても,知恵というもので,残りの人生を乗り切れる部分は少なからずあるのだろうと考えて過ごしてきた。
 身内でいえば,父親は,60代から病気のために行動の自由を奪われてしまい,生きる意義があったかどうか定かではない12年間を自宅で半分寝たきりで送り,この世を去った。
 十二分に介護をした母は,父の死から30年,現在95歳という想定外の人生を生きている。身体の不自由さは,年齢と高血圧*1,ヘルペス後神経痛*2などのためにかなりのものである。しかし,いわゆる認知症はないために,新聞,本,映画,テレビから社会や人間を学び会話もできる。じっくりと母の老化を長きにわたり観察させてもらうと,「分をわきまえた知恵」というものと「継続は力」ということを実感している。
 しかし,わたしの周辺でも,世の中でも,60代以降の人たちの中には,想定外の怒り反応,どうして達観*3できずに,ここまで執着*4するのか,一体,これは正常な精神なのか,呆けているのかなどという判断に苦しむことも,少しずつおきていることを実感することが少なくない。他山の石*5としようとかいって,これらを酒の肴にする内はいいが,本当に,自分がそのような精神構造に陥らないかどうかの保証は実はないのが高齢期であろう。

 このような感慨にとらわれていく中で,シェイクスピアの「リア王」を再読してみようと思いついた。
 「リア王」は世の多くの碩学*6が論評し,絶賛しているあの四大悲劇*7の中でも大悲劇と呼ばれている作品で,なによりも老齢の人間の理不尽な怒りという状況があまりにも有名だからである。
 もとより,私にこの作品を論評できるわけもないので,はじめに書いたような気持ちで老人の頑迷さ,愚かさの描写を事細かに記し書き写すつもりである。

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 リア王とは,16世紀のブリテン*8王で,権勢と栄華を誇った王様である。いくつであろうか,50代でもあろうかとしていたが,劇の最後で,自身が80の坂を越えたと独白している。当時としてはすごく長生きではなかったかと思われることである。
 リア王には,長女ゴネリル,次女リーガン,末娘コーディーリアの三人の娘がいる。そろそろ領地を娘婿たちに譲渡しようと考え始めていた。
 中世*9から近世*10へと,百年戦争*11とバラ戦争*12によってイングランド国内の貴族*13,騎士*14層は疲弊しており,相対的に王権*15は強まっていたようである。
 財産,領地譲渡にまつわる親子の確執*16と父の怒りに端を発し,廷臣*17の息子たちの争いがこれにからまって,リア王とその娘たち,廷臣たちの運命も暗転してというのが,この戯曲「リア王」である。
 甘言*18を弄して父親に取り入って領地や財産を譲り受けた長女と次女夫婦であるが,やがて,王様の身分を残し身勝手でわがままな父親の世話を拒否する。
 ここに至って,リア王は怒り狂う。嵐の荒野をさまよい歩くリア王には,変装した廷臣ケントが寄り添うという幸福は残っている。
 一方の廷臣グロスターは,息子のだましにあう。息子エドモンドはリア王を助けるために父がフランス軍と通じているという密告をして,父グロスターを陥れる。グロスターはリア王の次女リーガンの娘婿コーンウォール伯爵に捕らえられて両目をえぐられる。その残虐な行為に怒った召使が刀で伯爵を切りつけ,コーンウォール候も傷がもとで落命*19する。そして,グロスターのもう一人の息子エドガーはトムというきちがいに変装,盲目の父グロスターの手を引いて荒野をさまよい,フランス軍の上陸しているというドーヴァー*20までの道を歩む。父グロスターはドーヴァー海峡の断崖から身を投げて死ぬつもりであったが,エドガーに助けられる。しかし,リア王の悲しい運命を目の当たりにし,廷臣グロスターは嘆きつつ息絶える。
 ドーヴァーまで進軍したフランス軍の陣営で,フランス王と結婚していた末娘コーディーリアは狂乱したリア王と再会する。激しい狂乱のあとなかば正気を失ったリアではあるが,コーディーリアに気づき,リアはコーディーリアに自分の過ちを深く詫びて,これからは共にすごしたいと強く望むのである。しかし,リア王とコーディーリアは,ドーヴァーまで上陸していたフランス軍に救助されずに,結局,勝利をおさめたイギリス軍に捕らえられてしまう。
 廷臣グロスターの息子エドモンドはリーガン,ゴネリル,二人のリア王の娘たちに取り入ろうとする。娘たちは,エドモンドをめぐり,互いの嫉妬心から,妹リーガンは姉ゴネリルに毒殺され,ゴネリルもまた自殺してしまうということになる。エドモンドも,弟エドガーとの剣の争いに倒れてしまう。その前に,エドモンドからの指令が飛び,コーディーリアは牢で絞殺され,悲嘆にくれたリア王が遺骸を抱きながら嘆き悲しむ,大変な愁嘆場が最後にある。

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 読み進むと,この劇では,リア王は,まず,どうして末娘コーディーリアの虚飾のない素直な言葉にあれほどの理不尽な怒りを表したのかがまず不可解である。これには,コーディーリアとの長い日常的な関係のなかで,他の二人の姉たち(ゴネリルとリーガン)と比べながら,愛しみつつも,なにか,末娘の心をもっと確認せねばという危機感でも存在していたのかしらなどと想像までしてしまった。また,このような王の権力と怒りとを知りながら,コーディーリアを娶るフランス王という存在もある意味,不可解なことである。時のイギリスとフランスの勢力地図などをもっと知っておれば,この作品の理解も深まるのであろうか。
 もとより,この作品が書かれた17世紀の初頭のイギリスの人心,社会情勢などをつぶさに知らずに勝手な印象を記載している私であるが,「残虐」な時代という印象は否めない。すべてを水に流して,「災難にあうときには,災難にあうがよかろう,死ぬるときには死ぬるがよかろう」という良寛*21の思想とはほど遠いことである。人生の理不尽,あるいはキリスト教でいう原罪*22などというものを感じざるを得ない。

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 ここでは,リア王の台詞を中心にリア王の変貌を眺めてみることにしたい。
 『私は治下の領土を三つに分けた。私の切なる願いは,ほかでもない,国事の煩いや勤めを,この老いの肩から振り落とし,次の世代の若き力にゆだね,身軽になって死への旅路を辿ろうことにある。……さあ,銘銘言ってみるがよい,娘たち,いまや権力,領土,煩わしき政の一切を,自らかなぐりすてようとしている私だが,誰が一番この父のことを思うておるか,それが知りたい,最大の贈り物はその者に与えられよう』。
 この問い方も,基本的におかしいとは思うし,実はコーディーリアはそのおかしさをわかっていたので,当惑した台詞を吐いているのである。で,父には,『申し上げることは何も』と答え,姉たちが父一人に愛情を捧げているという言い方はおかしい,それならなぜ結婚したのか,わたしなら,もし父一人にすべてを捧げたいのなら結婚はしないというのである。父リアはこの言葉に激しく怒り,廷臣ケントの忠告も聞かずに,逆にケントを追放してしまう。
 また,領地や財産を惜しみなく与えた次女リーガンに,退位後のリア王に一人でも召使が必要かしらと冷たく言われるシーンがある。そこで,リア王は叫ぶ。『おお,必要をいうな!如何に賎しい乞食でも,その取るに足らぬ持ち物の中に,何か余計なものを持っている。自然が必要とする以外のものを禁じてみるがよい。人間の暮らしは畜生同然のみじめなものとなろう』。

 道化*23という役割がある。ヨーロッパでは,その衣と風貌*24で,偉い人の前でも暴言*25や戯言*26が言えたという。ここにでてくる道化はリア王と嵐の荒野を付き添い,リアの愚かさを,劇の中で客観的に説明しているいわば弁士であろうか。
 『お前さんという人は,自分の知恵を両端から削っていって,中身が何も残らなくしてしまった人だね。それ,そこに,削り落としのかけらがやってくる』と長女ゴネリルの登場を表現したりする。

 しかし,リア王の嵐の荒野での独白も迫力がある。人間不信の極致である。『風よ吹け,うぬが頬を吹き破れ!いくらでも猛り狂うがいい!……胸を掠める思いの如く速やかなる硫黄の火よ,槲(かしわ)*27を突き裂く雷の先触れとなり,この白髪頭を焼き焦がしてしまえ!……生命の根源たる自然の鋳型を毀(こぼ)ち,恩知らずの人間共を造りだす種を一粒残らず打ち砕いてしまうのだ!』。
 リア王は,さまよいながら,忠実な廷臣ケント,道化,グロスターの息子でトムに変装しているエドガーなどに囲まれていても,すっかり正気を失い,非道な娘たちへの独白を続けている。
 過酷な自然と対峙するという状況設定は,確かに,人間の愚かさ,矮小さなどと向き合うときには,必要な背景かもしれない。
 このように正気を失った父に,ドーヴァー近くのフランス軍陣地で再会した末娘コーディーリアは,『ああ,確かに父上に違いない!……人間の知力によって,人間の乱れた心を元に復す道はないものだろうか?父上を救うてくれた者には,私の持っているものなら,どんな宝でも取らせように』と嘆く。
 正気を失っていたリア王も,やさしいコーディーリアの振る舞いと言葉に,『俺はおろかなおいぼれ,ちょうど80の坂を越えたところだ。うそは言わぬ。正直の話,気も確かとは言えぬらしい。どうやらお前は知った人のようだ。……笑わないでくれ。この女人は,間違いない,娘のコーディーリアのように思うのだが』と気がつく。
 フランス軍がイギリス軍に敗れて,リア王とコーディーリアは捕らわれる。リア王は言う。『さあ,牢につれていってもらおう。……俺はお前の前に跪いて許しを乞うことにしよう。そんな風にして生きたい』。やや正気を取り戻しつつあるリア王である。

 しかし,エドモンドの策略からとうとうコーディーリアは獄中で絞殺されてしまい,その遺骸を抱えてリア王は嘆く。『泣け,泣け,泣け!……娘はもう二度と戻っては来ぬのだ。……まるで土くれのように死んでいる。鏡を貸してくれ。もし息で表が曇るなら,それなら,これは生きているのだ』『俺のあほめ。かわいそうに,首を絞められてしまった。もう駄目だ。駄目だ。助かるものか!なぜ,犬が,馬が,ねずみが生きているのに,お前だけが息をしないのか?お前はもう帰ってこない。もう,もう,もう,決して!頼む,このボタンを外してくれ。ありがとう。お前にはこれが見えるか?これの顔を見ろ!この唇を!それ,こんなに,それ!』と叫びつつ息絶える。
 そばには,ケント(廷臣)とエドガー(廷臣グロスターの次男)がいる。ケントは言う。『不思議はむしろよく今日までよくぞ耐え抜かれた事だ。いわば,寿命の瀬戸際で無理に踏みこたえておられただけの事』。エドガーが最後に言う。『この不幸な時代の重荷は我々が背負って行かねばなりませぬ。言うべきことかどうか,とにかく,己の感じたことをありのままに申しあげましょう。最も老いたる者が最も苦しみに堪えた。若い我々は今後これほど辛い目にも遭いもしますまい。これほど長く生きもしますまい』。

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