発達障害の診断と治療・支援をめぐって
発達障害に対する薬物療法の意義と留意点
Pharmacotherapy for children and adolescents with developmental disorders:significance and clinical issues.
Pharma Medica Vol.30 No.4, 41-43, 2012
Ⅰ.発達障害の臨床症状の重層性
発達障害という用語に明確な定義はない。しかし,発達障害を構成する個々の障害の診断基準をみると,①人生早期から症状が認められること,②認知面(知的障害,学習障害),行動面[注意欠如・多動性障害(attention deficit/hyperactivity disorder;ADHD)],あるいはその両方[広汎性発達障害(pervasive developmental disorder;PDD)]に偏りがあること,③そのために日常生活に支障をきたすこと,④他の器質的疾患や精神疾患によって説明されないこと,がコンセンサスとなっていると思われる。
KEY WORDS
●発達障害 ●併存障害 ●薬物療法 ●心理教育
Ⅰ.発達障害の臨床症状の重層性(続き)
しかし,発達障害のある人のかかえる問題は,診断基準にあるような中核症状だけではない。たとえば,PDDのある子であれば,パニックやかんしゃく,易刺激性,自傷,常同行動,多動・不注意-衝動性といった関連症状,あるいは,気分障害,強迫性障害,てんかん,チック障害のような併存障害が問題となることもある。さらには,コミュニケーションの困難さのために,人に関わりたい気持ちをうまく表現できず,「ちょっかいを出す」ことを学習するなどの行動が問題になることもある。あるいは,発達障害とともに育つ過程での発達課題でのつまずきや苦悩といった心理的問題が臨床的介入の対象となることもある(図)。

Ⅱ.発達障害の薬物療法の位置づけ
発達障害が神経生物学的障害であるから,薬物療法のような生物学的治療が有効であるというほど単純でないことは明らかだ。
第一に,発達障害でいう特性の多くは,それ自身が特異な認知・行動なのではなく,その程度が特異なのである。定型発達の人が向精神薬を服用したからといって認知や行動のスタイルが一変するなどということがないように,発達障害のある人の症状も一変しない。同じような傾向があるが,その程度が軽減する,ということである。現在のところ,PDDの中核障害に対して有効性が確立された薬物療法はない。しかし,ADHDの中核障害に対しては明確な効果が確認されている。
第二に,多くの薬物療法のエビデンスが関連症状に対するエビデンスである。PDDを例としてあげたい。中枢刺激薬やノルアドレナリン再取り込み阻害薬などのADHD治療薬は,PDDの不注意,多動性-衝動性に対しても有効である。有効率は,ADHD単独例よりも幾分低く,なかにはかえって焦燥感が出る子もいるが,このことは不注意,多動性-衝動性という行動上の特徴が,不適応や気分変動など多様な要因によって引き起こされることと関連している。薬物療法にあたっては,症状評価だけではなく,同様の症状を引き起こす他の要因についても多面的に評価することが大切である。
選択的セロトニン再取り込み阻害薬などの抗うつ薬は,こだわりの軽減,不安やフラッシュバックの改善を目的に使用されることが多い。しかし,こだわりに対する効果は軽微あるいは無効であり,むしろ焦燥を高めることもある。発達障害のある子どもの不安などの内的体験に対する評価は困難なこともあり,不安に対するエビデンスはほとんどない。しかし,多くの臨床医は,不安に対して一定の効果があり得ると感じているようである。
抗精神病薬は,PDDの易刺激性に対する有効性を示すことが知られており,米国ではリスペリドンとアリピプラゾールの使用が承認されている。ただし,易刺激性という言葉に包含される病態もさまざまである。かんしゃくやパニック,感覚過敏,強いこだわりを緩和すると考えるほうが実態に近いかもしれない。また,発達障害の併存する慢性のチックに対しても有効性を示す。
第三に,発達障害に対する薬物療法の中核障害や関連症状に対する効果が,二次的に肯定的な影響をもたらすことがある,という点である。発達障害の中核症状や関連症状の軽減は,適応状況の改善につながり,子の自信を高めたり,親子関係や仲間関係を良好にする。そのことによって得られる肯定的な影響は計り知れない。
発達障害に対する薬物療法は,中核症状や関連症状にせよ,その症状を軽減し良好な適応を可能にする。薬物療法を忌避するあまり,外在化症状にのみ焦点を当て,大きな問題がなくなった状態をゴールとすることは誤りである。常に,子の生活機能や適応に焦点を当て,子の自己実現にゴールを置くことが肝要であろう。
Ⅲ.発達障害の薬物療法における留意点
しかしながら,発達障害の薬物療法が肯定的な影響ばかりをもたらすとは限らない。薬物療法の副作用,薬物療法を行うことの心理的意味までをも含めたリスク・ベネフィットの評価が求められる。
第一に,薬物療法に対する薬剤の反応性は成人と同様ではなく,より慎重な対応が求められる。
児童青年期に発症する気分障害は,年少であるほど焦燥や不機嫌として表現されやすく,身体化症状や行動化のリスクも高いが,この傾向は成人期になってからも持続する。近年の検討によれば,児童青年期の気分障害は,発達障害との併存が高く,また双極性要素をもつ者が多いことがこのような薬剤反応性と関連すると考えられている。発達障害のある児童が,うつ症状を併存することは少なくない。このようなときに,まず抗うつ薬の処方から開始するのか,気分変造を仔細に調べ双極性障害を疑って気分安定薬から開始するのか,環境に対する不適応を疑って環境調整から開始するのかは,うつ症状の重症度,臨床経過,過去の薬剤への反応性,副作用出現時の家族の対応能力など,多様な要因を考慮しなければならない。副作用出現時に,医療側がどの程度対応できるかのタイミングも重要である。
第二に,薬剤副作用のもたらすリスクである。抗精神病薬投与の投与は,肥満,糖尿病・脂質異常症などの代謝系副作用をもたらしうる。抗精神病薬によってリスクは異なるため,医師は患者の症状と副作用を天秤にかけて,可能な限り副作用の少ない薬物療法を選択する。統合失調症の患者であれば,いずれかの薬剤を服用することが前提であり,そのなかでのリスクの比較である。しかし,発達障害の場合には,薬剤を服用しない場合も含めたリスク・ベネフィットで検討しなければならない。子どもの場合,抗精神病薬の投与は,成人以上に体重増加に直結する。また,発達障害のある子では,アカシジアが焦燥として表現され,衝動行為の原因となっていることも見受けられる。行動上の問題に対して,ただ鎮静的に薬剤を用いるのではなく,その行動の背景を入念に分析し,標的を明確にした薬剤投与が求められる。
第三に,薬剤投与の心理的な意味を理解することも大切である。そのことによって,投薬の影響は,ポジティブにもネガティブにも影響を与えうる。
肯定的な影響をもたらすためには,発達障害の存在が否定的な響きに捉えられていてはならない。親から叱責されるたびに「そういうところが発達障害なのよ。なんのために病院に行ってるの」などといわれているようであれば,本人が薬を使いながら能動的に生きていこうなどという思いは消えてしまう。
投薬にあたっても,本人がどうなりたいかを聞くことである。子どもが今の状況をどのように捉えているか,今後どうなりたいかを聞き,そのことに薬剤がどのように助けになる可能性があるかを伝えるなかで同意を得ること,つまり,子どもと医師が共通の目標を設定し,その目標達成のために薬剤を使用するかについて共に考え,合意する姿勢が必要である。予想される副作用については,投与初期にみられる症状を中心に説明し,それらを乗り越えて中長期的に得られるメリットについて話し合う必要がある。また,錠剤の大きさ,色,口に入れたときの感触,味などについても伝え,本人が受け入れがたいのであれば他の選択肢を提案して相談し,投与する薬剤,剤型を決定する。
子どもが急に服薬に抵抗するなどのときには,服薬の必要性を説得するのではなく,その理由を十分に聞かなければならない。「自分が特別な感じがして嫌」という子もいれば,「自分が変わってしまうのではと思うと怖くなった」という子もいる。中枢刺激薬を飲むと「勉強はできるようになるけど,サッカーが下手になるのではと心配」という子もいる。いずれも,子どもがアイデンティティーを確立していく過程で,服薬している自分をどのように位置づけるか,危機に直面するのである。こういった課題を治療者との間で丁寧に扱っていくことは,治療上も有益である。
そのためには,子どもを取り巻く大人の「服薬」に対する扱いにも配慮しなければならない。子どもが親からみて好ましくない行動をとるたびに「薬が効いていないんじゃないの?今度,先生に相談しましょう」といわれれば,薬は問題行動に対して投与されたり,薬剤の増量もお仕置きのような位置づけになってしまう。中枢刺激薬を飲んだ子どもに,学校の先生が「お薬を飲むと別人のようにすごいね」といったり,衝動的な行動があれば「今朝はちゃんとお薬飲んできた?」といえば,子どもなりの努力を踏みにじることになる。服薬することを病気の証と考える大人も多く,ある程度問題が解決すると,「もう薬は要らないんじゃない?」などといわれるものである。そうすると,薬を飲む子どもは,薬を飲まなくてよい子に比べてよくない子であると捉えられかねない。ごくありふれた「薬に頼る」ということばにも,薬剤や服薬している患者への否定的なニュアンスが込められていることにも留意すべきである。薬に頼るのではなく,薬を使いながら努力している子どもの姿に,心から「すごいね」といえるように大人を導くことも,大切な主治医の役割である。
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※記事の内容は雑誌掲載時のものです。