発達障害の診断と治療・支援をめぐって
ADHDの診断・評価について
Diagnosis and assessment of attention deficit/hyperactivity disorder.
Pharma Medica Vol.30 No.4, 15-19, 2012
はじめに
注意欠如・多動性障害(attention deficit/hyperactivity disorder;ADHD)は,不注意,多動性,衝動性といった行動上の特性によって特徴づけられる発達障害である。さまざまな生物学的要因を基盤に,養育に関連した心理的要因や環境要因,さらに行動統制を要求される現在の生活環境などが複雑に絡み合って症状が惹起あるいは悪循環するといわれる。有病率は,学童期の子どもの3~7%で,青年期から成人期にかけて症状は減弱するとされてきたが,近年の疫学調査によれば学童期で約6%,成人期でも5%とされる1)。性差は病型により異なり,2:1から9:1で男児優勢とされるが,成人での性差は限りなく均等になるともいわれる。また,ADHDはさまざまな精神疾患が併存することが知られており,同時にそれらを含めた精神疾患を鑑別する必要もある。
成人のADHDについては本特集の別稿を参照いただき,本稿では小児のADHDの診断・評価について解説する。
KEY WORDS
●注意欠如・多動性障害(ADHD) ●鑑別診断 ●併存障害
Ⅰ.診断
広く使用されている診断基準の1つである米国精神医学会の診断・統計マニュアルDSM-Ⅳ-TR2)によると,ADHDは①注意を持続できない,必要なものをなくすといった不注意,②じっと座っていられない,しゃべりすぎるといった多動性,③順番を待つことが難しい,他人の会話に干渉するといった衝動性の3症状を中心症状とし,この3症状の存在が7歳未満に,2つ以上の状況においてみられる場合に診断される(表)2)。
中心症状の程度により,混合型,不注意優勢型,多動性-衝動性優勢型とADHDは分類される。
ADHDの診断は,面接から得られる情報と診察室での行動観察,家族から聞かれる詳しい発達歴,保育や教育機関などの関係者からの評価(連絡帳,通知表,テストの結果など)や集団場面での行動特徴,そして心理検査や医学的検査(血液検査,脳画像検査,脳波など)の結果などを総合的に評価して行われる。注意する点として,ADHDに関する情報は得ようと思えばインターネットや書籍で得られるようになってきているため,面接で家族や関係者から得られる情報は子どもの状態をより“ADHD様”に表現されている可能性があることがあげられる。このため,家族や関係者によって表現されたADHDを疑わせる行動について,丁寧に具体的な状況や本人の思いを聴取し,ADHDの症状・特性によるものであるかを判断する必要がある。また,診断がADHDとなる子どもでも,診察室では短時間であるために普段とは違って落ち着いている場合があるため,診察室での行動観察は限定的な情報であることも念頭におき,注意を払う必要がある。
Ⅱ.評価
診断に際して,ADHDの症状評価にADHD評価スケール(ADHD-RS)3)が汎用される。ADHD-RSは,「学業において,綿密に注意することができない,または不注意な間違いをする」,「教室や,その他,座っていることを要求される状況で席を離れる」などといった18項目からなり,各項目の程度を4段階で評価する。家庭版と学校版があり,家族と教師に評価してもらうことで,診断基準にも組み込まれている2つ以上の状況での子どもの行動を評価できる。また,項目数も多くないため,日常臨床において使用しやすい。また最近では,20項目からなり,子どもが日常生活においてどのような困難を有しているのかが定量的に把握できる「子どもの日常生活チェックリスト(Questionnaire-Children with Difficulties;QCD)」も使用され,現在,信頼性と妥当性が検証されている4)。これらは,治療効果の判定としても有益な情報を与えてくれる。注意すべきは,ADHD-RSが高値であるというだけでADHDと診断しないことである。
診断に際して心理検査も行う必要性があるが,なかでもウェクスラー児童用知能検査(Wechsler Intelligence Scale for Children;WISC)に代表される知能検査はできる限り行う。知能検査は,精神遅滞の鑑別や認知的側面を評価しADHDの診断の補助とされ,また治療・支援を考えるうえでも貴重な情報となる。また,情緒的側面を評価できる描画テスト,PFスタディ(絵画欲求不満テスト),文章完成テスト,ロールシャッハ・テストもADHDをもつ子どもを理解するためには重要である。つまり,ADHDという生来的な生物学的要因に,生活するなかで加わった心理的要因や環境要因によって修飾されたその子ども特有の状態像を理解しようとする姿勢である。
医学的検査による評価も行うが,ADHDの診断根拠となる生物学的指標が明らかとなっていない現状を勘案すると,ADHDの医学的検査とは主に鑑別診断を意識したものである。ADHDとの鑑別が必要となる身体疾患として,前頭葉てんかんなどのてんかん,進行の緩徐な脳腫瘍,部分的な脳奇形,副腎白質変性症,甲状腺機能亢進症などがあげられ,脳波,脳画像検査,血液検査(内分泌)などの医学的検査を用いた鑑別診断が必要である。また,薬物治療を行ううえでは,血圧,脈拍,心電図などへの影響の有無を確認することは重要であるし,成長障害の有無や食欲低下の程度を検討するために,身長,体重の確認も必要である。また,前述したようにてんかんは鑑別すべき疾患として重要であるとともに,併存疾患としても重要であり,てんかんとまで至らない脳波異常も含めて診断・治療上,留意すべきである5)。
近赤外線スペクトロスコピーや事象関連電位は,ADHD診断の根拠とまではならないものの,侵襲性がなく安全に診断の補助となる生物学的指標が得られる。近赤外線スペクトロスコピーでは,健常児と比較してADHD児では賦活課題遂行時の前頭前野における血流変化が低下していることが報告6)されており,事象関連電位では,健常児とADHD児との比較7),ADHD児とADHD様の症状をもつ児童との比較8)においてその相違が報告されている。また,メチルフェニデートの投薬前後で症状の改善とともに事象関連電位の改善が認められたとする報告9)もあり,治療の効果判定の客観的指標となる可能性もいわれる。
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※記事の内容は雑誌掲載時のものです。