うつ病をめぐる最近の話題
企業のうつ病対策;あるべき姿
Pharma Medica Vol.30 No.3, 39-42, 2012
はじめに
度重なる不況と経済のグローバリゼーションが進展するなか,企業は競争力強化のために幾度ものリストラクチャリングを繰り返し,生産活動の効率化を図ってきた。その結果,労働の集約化と高密度化が進展し,職場におけるゆとりの部分はどんどん削られ,過重労働の問題も深刻化している。
KEY WORDS
●企業のうつ病対策 ●アセスメント ●低強度認知行動療法(CBT) ●睡眠保健指導
はじめに(続き)
また,終身雇用制度の終焉と成果主義の導入により,労働者は安定的な経済的報酬だけでなく,心理的報酬やキャリア的報酬も得にくい状況となっている。同僚との仲間意識や仕事以外のことでも相談できる上司との関係といった職場がもつコミュニティーとしての機能や,自分の技能や能力の成長を後押ししてくれる職場の態勢といった心理的・キャリア的報酬は,これまで日本人労働者のワークモチベーションを根底で支えてきたものである。また,これに伴う職場風土の変化は,組織と労働者の間や労働者間で日常的に生じる葛藤への緩衝作用も低下させ,各人のストレスに対する許容力を弱めるとともに労働者の不安や精神的疲労を生じやすくさせていると思われる。このことが最近のうつ病の多様化とも結びついているのかもしれないが,その対応に関しては,多くの課題を残している。
Ⅰ.うつ病対策の意義を経営トップに理解させる
職域におけるメンタルヘルス活動を展開するうえで最も大きな推進力となるのは,経営トップのメンタルヘルスに対する十分な理解と主体的な取り組みである。
最近の職場でのハラスメント防止のための指針でも,経営トップがハラスメント防止を企業のポリシーとして明確に位置づけし,トップ自らが積極的に対策の策定,実施,評価に関与することが最も重要であると示している。そして,実際に経営トップが責任者となって対策が講じられることで,スムーズな運用と高い効果が示されている。企業活動は最終的にはすべて経営トップの判断で行われることであり,職域のメンタルヘルス活動も,産業保健スタッフや一部の人事労務担当者の努力に頼るといった体制では,その活動も十分なものになり得ない。まずは経営トップにメンタルヘルスやうつ病対策の必要性を理解してもらい,これらの対策を企業のポリシーとして明確に位置づけすることが必要である。
企業がメンタルヘルス活動を行うべき根拠として労働安全衛生法がある。1988年の改正では,「事業者は労働者に対する健康教育および健康相談その他労働者の健康保持増進を図るために必要な措置を講ずる努力義務がある」とされ,身体疾患の予防だけでなく,メンタルヘルス活動も含めた心身両面での予防活動を行うことが明示されている。さらに1998年以降は,年間の自殺者が3万人を超える状況が発生し,職域においても労働者の自殺が企業のリスクマネジメント上の大きな問題となっている。しかしながら,リスクマネジメントだけでは,経営トップが積極的にうつ病対策に取り組む推進力にはなりえない。
経営トップに対して,うつ病対策は単なる健康管理が目的ではなく,労働損失の低減,ミスや事故の防止といった目的においても欠かせないものであり,企業における費用便益分析においても十分支持されうる活動であることをきちんと理解してもらう必要がある。海外の企業が,健康管理活動を行う法的義務を負っていないにもかかわらず,メンタルヘルス活動に積極的に取り組んでいるのは,経営トップがメンタルヘルス活動は企業の利益に通じると考えるからであり,それを支持するデータを関係者から提供されているからである。経営トップは数字を根拠に判断するのが基本的な姿勢であることを考えると,われわれはうつ病対策の必要性を情緒的に訴えるのではなく,具体的なデータを示しながらその必要性をアピールすべきであろう。うつ病や抑うつ状態は,企業の生産性や安全性を含め日常活動の負担をもっとも大きくするものの1つであることが数多くの先行研究ですでに示されていることから,自分の職場のデータをいろいろな視点から分析し提供することは可能と思われる。
本誌の読者の多くは,病院に勤務されていると思うが,たとえば病院の経営トップにとっても重大な関心事である医療事故の防止対策にもうつ病対策が欠かせないことをアピールしてみてはどうだろうか。医療事故の原因の多くが医療スタッフのエラーによることが報告されているが,欧米では,医療事故の直接原因となったエラーを特定するだけではなく,そのエラーがなぜ起こったのか,エラーの背景にあったのは何かについてまで追求すること(根本原因分析)が主流となっている。そして,分析の結果,抑うつ状態や不眠といったメンタルヘルスの問題がエラーの根本原因として見いだされることが多い。われわれが,病院勤務の看護師789名を対象に医療エラーの因果関係分析を行った結果でも,医療事故を引き起こす直接原因として最も重要なのは注意力の低下であったが,注意力の低下を引き起こす原因として重要なのが睡眠の障害や抑うつであることが示されている1)。このような結果は,経験ある安全管理者などは十分に理解できていることであろうが,実際のデータをみせることによってはじめて経営トップを動かすことができるのだと思う。こういった作業は面倒と思われるが,システマチックにうつ病対策を進めていくためには経営トップの理解は不可欠であり,決して後回しにすべき作業ではない。
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※記事の内容は雑誌掲載時のものです。