<< 一覧に戻る

うつ病をめぐる最近の話題

米国で治療法と認められたrTMSの可能性

鬼頭伸輔

Pharma Medica Vol.30 No.3, 31-34, 2012

はじめに
 2008年10月,米国食品医薬品局(Food and Drug Adninistration;FDA)は,1種類の抗うつ薬に反応しない治療抵抗性うつ病を対象とする条件付きで,NeuroStar TMS systemを認可した。うつ病の治療装置としては,はじめての承認であり,薬物療法や認知行動療法,電気痙攣療法に加えて,あらたな抗うつ療法のオプションが増えることになる。経頭蓋磁気刺激(transcranial magnetic stimulation;TMS)は,米国精神医学会やカナダ精神医学会のガイドラインでも,治療抵抗性うつ病の治療オプションとして提示されている。わが国でも,2011年9月にNeuroStar TMS systemの早期導入に関する要望書が厚生労働省に提出され,うつ病を対象とした臨床研究が開始される予定である。

KEY WORDS
●反復経頭蓋磁気刺激(rTMS) ●うつ病 ●背外側前頭前野

Ⅰ.TMSの作用と臨床応用

 TMSは,100~200μsの瞬間的な電流をコイルに流し,それによって形成される磁場に伴う誘導電流により,主として大脳皮質の神経軸索を刺激する方法である1)。従来は神経生理学領域の検査や研究のツールとして利用されてきたが,非侵襲的に大脳皮質を刺激し,刺激部位や刺激頻度などの条件に応じて,皮質や神経連絡のある皮質下の活動性を変化させることから,精神神経疾患への臨床応用が試されている1)。10Hzの高頻度刺激は皮質の興奮性を増強し,1Hzの低頻度刺激は皮質の興奮性を抑制する1)2)。したがって,多くの場合,脳機能画像研究により明らかにされた局所神経解剖学的な機能異常を改善させるべく,刺激部位や刺激頻度が選択される。ただし,TMSによって形成される磁場はコイルからの距離に比例して減衰するため,通常の8の字コイルによる刺激は頭皮から1.5~3cmに限局し,脳深部を直接刺激することはできない3)。現在までにTMSの臨床応用が試された精神神経疾患として,脳梗塞,パーキンソン病,うつ病,ジストニア,耳鳴,神経因性疼痛,てんかん,筋萎縮性側索硬化症,統合失調症,物質依存,強迫性障害,心的外傷後ストレス障害,トゥレット症候群,記憶障害などが報告されている1)。

Ⅱ.TMSによるうつ病の治療

 最初にTMSを応用したうつ病の治療が報告されたのは1993年であり4),反復経頭蓋磁気刺激(repetitive transcranial magnetic stimulation;rTMS)を使用した研究は1995年である5)。当初は,円形コイルが使用されていたため,刺激部位も限局的ではなく,刺激回数も現在のものと比較して少なかった4)。うつ病を対象とした研究報告が増え始めたのは,rTMSと8の字コイルが使用されるようになってからである。rTMSは規則的な刺激を連続して行うことができ,8の字コイルの使用は,より限局した部位を刺激することが可能となった3)。
 うつ病患者を対象とした脳機能画像研究は,背外側前頭前野,前部帯状回,前頭葉眼窩野,膝下部帯状回(梁下野),扁桃体,海馬などの脳領域の異常を明らかにした6)。特に左優位の背外側前頭前野の機能低下は比較的一致した所見である7)。また,うつ病患者では左右半球間の機能的不均衡があり,左半球の低下と相対的な右半球の増大があるとされる8)。
 rTMSによるうつ病の治療は,左背外側前頭前野への高頻度刺激と右背外側前頭前野への低頻度刺激の2つの方法に大別できる1)9)。前者は,うつ病患者にみられる背外側前頭前野の機能低下を高頻度刺激によって改善させようとするものである1)。当初は,刺激日数,刺激強度,刺激回数などの刺激条件が不十分であったため,sham刺激と比較し統計学的に有意な抗うつ効果が示されないこともあった9)。しかし,より適切な刺激条件で行われた二重盲検,ランダム化,shamコントロール試験では,あらためてrTMSの抗うつ効果が実証されている10)-13)。左背外側前頭前野への高頻度刺激の抗うつ機序には,左背外側前頭前野,前頭葉眼窩野,前部帯状回,梁下野などの領域が関与している14)。左背外側前頭前野の機能低下を右背外側前頭前野への低頻度刺激によって改善させようとする方法もある。これは右背外側前頭前野への低頻度刺激によって半球間抑制を減少させ,相対的に左背外側前頭前野の機能低下を是正しようとするものである1)。この右背外側前頭前野への低頻度刺激も,二重盲検,ランダム化,shamコントロール試験で抗うつ効果が示されている10)15)-18)。右背外側前頭前野への低頻度刺激の抗うつ機序には,右背外側前頭前野を介した梁下野と前頭葉眼窩野の脳血流の減少が関与している19)。

記事本文はM-Review会員のみお読みいただけます。

メールアドレス

パスワード

M-Review会員にご登録いただくと、会員限定コンテンツの閲覧やメールマガジンなど様々な情報サービスをご利用いただけます。

新規会員登録

※記事の内容は雑誌掲載時のものです。

一覧に戻る