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うつ病をめぐる最近の話題

うつ病の増加;世界の動向とわが国の特徴

川上憲人

Pharma Medica Vol.30 No.3, 9-13, 2012

はじめに
 厚生労働省患者調査1)によれば,1999年から2008年の間に,うつ病を含む気分障害による総患者数は44.1万人から104.1万人へと2倍以上に増加した(通院間隔を考慮した推定総患者数)。うち入院患者はいずれの年でも2.6万人程度と一定であり,増加のほぼすべては外来患者である。ここでは,うつ病の頻度およびその動向を巡って,世界と日本の地域の一般住民に対する精神保健疫学研究から最近の成果を紹介し,気分障害患者数の増加の背景を考察する。

KEY WORDS
●大うつ病性障害 ●有病率 ●受診率 ●疫学

Ⅰ.世界と日本におけるうつ病の頻度

1.世界におけるうつ病の頻度

 米国では,1970年代の終わりにDSM-Ⅲに代表される操作的精神科診断基準が確立し,地域の一般住民を対象とした精神疾患の疫学調査が実施されるようになった。1980~1983年には米国内の5つの地域を対象としてEpidemiologic Catchment Area(ECA)研究が行われ,DSM-Ⅲ大うつ病性障害の6ヵ月有病率(過去6ヵ月間に大うつ病性障害を経験した者の割合)が2.2%と,うつ病が高頻度であることが確認された2)。1992年にはNational Comorbidity Survey(NCS)が実施され,DSM-Ⅲ-R診断基準による大うつ病性障害の12ヵ月有病率(過去12ヵ月間に大うつ病性障害を経験した者の割合)が7.7%と報告されている3)。もっとも最近の2000~2001年にはNational Comorbidity Survey Replication Survey(NCS-R)が実施され,DSM-Ⅳ大うつ病性障害の12ヵ月有病率が6.6%と報告されている4)。同様の調査は米国外でも実施されており,たとえばオーストラリアでは1997年と2007年にオーストラリア精神保健と福祉全国調査(Australian National Survey of Mental Health and Well-Being)が実施され,DSM-Ⅳ大うつ病性障害の12ヵ月有病率はそれぞれ6.3%5),4.1%6)と報告されている。また,NCS-Rを含むWHO世界精神保健調査(World Mental Health Survey;WMH)の一環として世界各国で調査が実施され,これらの国ではDSM-Ⅳ大うつ病性障害の12ヵ月有病率は1.0~8.4%の範囲であった7)。
 図1に,これらの最近の調査から,DSM-Ⅳ診断基準による大うつ病性障害の12ヵ月有病率の国際比較を示した7)。まず,どの国においても,地域住民において大うつ病性障害は比較的高頻度に経験されている。しかし,国によってその頻度にはかなり差がある。大うつ病性障害は米国,オーストラリアおよびニュージーランド,欧州ではウクライナ,中近東諸国(イラク,イスラエル,レバノン),南アフリカで高頻度である。欧州(ウクライナ以外),メキシコでは中程度の頻度であり,中国,韓国およびナイジェリアでは低かった。

2.わが国におけるうつ病の頻度

 WHO-ICPE共同研究の一環として1997~1999年に実施された岐阜市20歳以上住民に対する統合国際診断面接(CIDI)を用いた面接調査(平均回収率56%)では,DSM-Ⅲ-Rによる大うつ病性障害の12ヵ月有病率は1.2%と比較的低かった8)。WHO WMH共同研究の一環であるWMH日本調査(WMH Japan;WMHJ)として,2002~2003年に実施された岡山市,長崎市および鹿児島県(2市町)の20歳以上住民に対する精神保健疫学調査(WMHJ2002~2003)では,DSM-Ⅳ診断による大うつ病性障害の12ヵ月有病率は2.9%であった9)。WMHJはその後も2006年まで調査が継続され,2007年に最終報告書が出されている10)。最終分析対象は,6県11区市町村の地域住民から無作為に抽出された計4,134名(平均回収率55%)であり,DSM-Ⅳ診断による大うつ病性障害の12ヵ月有病率は2.1%であった。わが国でもっとも大規模で,かつ最新の調査方法を使用したこの疫学調査の結果を採用するならば,一般住民のうちこれまでの生涯に約16人に1人が,過去12ヵ月間に約50人に1人がうつ病を経験していることになる。しかし図1に示したように,わが国の大うつ病性障害の有病率は,世界的には低いグループに属している。

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