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肥満をめぐる最近の話題

肥満症の診断基準の考え方

松澤佑次

Pharma Medica Vol.30 No.1, 9-12, 2012

はじめに;日本にしかない肥満症の概念
 現代社会における生活習慣病とは,飽食と運動不足を背景とした過剰栄養とそれによる肥満が原因の大部分を占めることは周知の事実である。欧米,特に米国では肥満の程度はきわめて高度で,しかも高度肥満の頻度は止めようのない勢いで増加の一途をたどっている。したがって欧米での肥満の概念は,肥満を糖尿病,高血圧,脂質異常,さらには心血管病のリスクファクターと捉え,肥満の程度によって重症度を評価する以外に方法はなく,したがって肥満を疾患として捉える基準を作ることができないでいるのが現状である。

KEY WORDS
●内臓脂肪 ●ウエスト ●メタボリックシンドローム ●アディポサイエンス

はじめに;日本にしかない肥満症の概念(続き)

一方欧米に比べて高度肥満がきわめて少ない(BMI≧30kg/㎡の欧米の基準でみた肥満頻度は10分の1)わが国では,一見肥満が深刻ではないとみられがちであるが,現実にはむしろ逆で肥満を基盤とした生活習慣病の糖尿病や高血圧は欧米と発症頻度が変わらない。したがってわが国における生活習慣病の予防対策は,単に欧米と同様の,肥満の程度に考慮するコンセプトとは全く異なるものである。そこで生まれたのは,肥満の判定基準を欧米よりも下に広げ,その枠のなかで医学的な観点から減量治療の必要な場合を肥満「症」と診断し,疾患として捉えるという考え方であった。別の表現をすれば,肥満のなかで医学的には減量治療を必要としないものを選別するということになる。この考え方で基準作りをすることは,医学的な目的ではない減量が正当化されてしまわないためにもきわめて重要なのである。特に女性においては,美容目的の減量志向がきわめて強く,それに便乗した営利目的の減量治療が医療として悪用される危険性が大きいことは日本肥満学会の創立当初から指摘され,それを排除するための診断基準作りを基本コンセプトとしてきたのである。

Ⅰ.わが国の診断基準

 日本肥満学会では,肥満度と健診での各種疾患との関連を検討したデータをもとに,BMI 22kg/㎡が最も疾病率の低い標準体重と設定し,その20%を超える場合,つまりBMI 26.4kg/㎡以上を肥満症としてきた。2000年には,筆者が診断基準策定委員長として,肥満を程度で考える,つまり太っている程度の判定と,疾患としての肥満「症」を診断する基準の考え方を発表した。肥満の判定は,欧米と同様に,BMIが5刻みの枠組みを採用して,BMI25kg/㎡以上を肥満と判定することにしたが,欧米より5低くしたのは最初に述べた理由によるものである。しかし,肥満の判定値を低くしたから減量治療するべき対象を広げたわけではなく,そのなかでさらに基準を作り,疾病という概念で肥満症と診断する,つまり医学的観点から減量治療が必要な肥満を判別するという考え方を確立したのである。日本肥満学会の肥満症診断基準のガイドラインでは,日常診療において肥満のなかから肥満症を選別するためには,2つのアプローチがあることが示された。1つは,肥満と判定されたなかで,減量することによって,改善するかまたは進行が予防されると考えられる病態を有する場合を肥満症と診断する。肥満が原因と考えられる病態や肥満が増悪因子となっている病態については,2000年の診断基準策定委員会で,10種類定められた。さらに2009年から齋藤康委員長のもとに構成された日本肥満学会肥満症診断基準検討委員会において,新しい研究知見を加えて11種類の病態が,減量によって改善または進行が抑制されることが確認され,肥満症診断の基準に組み入れられた。基本的には肥満のなかから基準になる病態の有無を判定して,それが1つでもあれば減量治療すべき肥満症と診断するのであるが,肥満症の診断においてもう1つのアプローチとして,内臓脂肪の過剰蓄積したいわゆる内臓脂肪型肥満であることを同定することとしたのは,わが国の最も大きな特徴といえる。これは,1980年代の後半から,国内外で肥満の程度とは独立して脂肪分布の重要性が提唱されたことが基盤になっている。特にわが国では,当時から急速に普及してきたCTスキャンを用いた脂肪組織分析法が開発され,腹腔内の脂肪組織(主として腸間膜脂肪,一部大網脂肪)の蓄積が多くの疾患と関連することが明らかになったことから,内臓脂肪型肥満はそれだけで減量の必要な肥満,つまり肥満症と診断してよいということが確認されたのである。

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