<< 一覧に戻る

感染防止対策の最前線

患者安全としての感染防止対策

森澤雄司

Pharma Medica Vol.29 No.12, 9-12, 2011

Ⅰ.感染対策は患者安全のために重要である
 医療技術の進歩や管理基準の向上,医療従事者の熱意と誠意にもかかわらず,病院とはそれ自体が感染症の温床であり,感染防止対策はきわめて重要な課題である。高齢化社会に伴う患者数の増加,経費削減の要求などが重なっており,医療の現場はますます少ないスタッフ数や予算でより多くの業務を負担しなければならなくなり,患者と医療従事者のいずれにとっても安全が脅かされていると考えなければならない。また,かつては急性期ケア病院に限定されていた処置が,在院日数の短縮を背景として,現在は外来診療や在宅医療へも拡大しており,医療関連感染症(healthcare-associated infections;HAI)の危険性はすべての領域で増大しているとも考えられる。米国ではHAIの件数は年間200万件以上に及んで9万人が死亡しているが,そのなかの約3分の1 が予防可能であると疾病管理予防センター(Centers for Disease Control and Prevention;CDC)が推計する。

KEY WORDS
●医療関連感染症 ●手指衛生 ●現場 ●医療質保証

Ⅰ.感染対策は患者安全のために重要である(続き)

 HAIは安全を脅かすのみならず,病院にとって多大な費用負担となる。HAIでは平均10日間の入院期間延長と38,000ドルを超える超過費用が必要となり,患者の死亡率に関しては約5%の増加となる1)。これまで日本の医療では,出来高払い(fee-for-service)制度が採用されてきたため,単純に考えると病院感染症のような合併症を生じても病院の収入は増加することになっていた。しかし,わが国においても包括診療制度(diagnosis-procedure combination;DPC)導入が普及しつつあり,入院患者に合併するHAIによる医療費の増加,在院日数の延長はただちに病院経営上の赤字となってしまう状況が迫っている。重要なHAI・病院感染症は,尿道留置カテーテル関連尿路感染症(catheter-associated urinary tract infection;CAUTI),血管内留置カテーテル関連血流感染症(catheter-related bloodstream infection;CRBSI,特に中心静脈ライン関連血流感染症:central venous line-associated bloodstream infection;CLABSI),医療関連肺炎(healthcare-associated pneumonia;HCAP,特に人工呼吸器関連肺炎:ventilator-associated pneumonia;VAP),外科手術部位感染症(surgical site infection;SSI),などであるが,これらが発生する原因には,手指衛生の不徹底,多剤耐性菌の出現,医療従事者スタッフ数不足,ハイリスク患者の存在,技術の進歩に伴う侵襲的な処置の増加,などがある。病院はHAIを減少させるために感染防止対策に組織的に取り組む必要がある。
 病院における感染防止対策が有効に実施されるために,適切なスタッフの配備,サーベイランス,病院管理者のサポート,すべての医療従事者への効果的な情報共有(教育)のシステムが必要であり,医療機関は収集したデータに基づいたリスク・アセスメントから優先順位をつけて考えられるリスクを取り除くように介入および評価を継続する必要がある。しかも院内感染対策は包括的かつ反応性に優れていることが重要であって,病院は施設の全体で感染対策に取り組まなければならない。感染対策プログラムは,医療従事者のみならず,外部委託業者,ボランティア,学生,さらには患者や訪問者に至るまでをカバーして,HAIのリスクを減少させるように心掛けるべきである。

Ⅱ.手指衛生の遵守

 適切な手指衛生は最も効果的な感染対策であると考えられる2)。手指衛生の遵守を向上させるために病院は組織的に取り組む必要があるが,医療従事者は業務繁多であり,厳重な手指衛生の重要性を軽視して専念できていない場合が多い。まず医療従事者の教育が必要であり,明らかに手が汚染されるような手技の後では医療従事者は事後に手を洗うであろうが,汚染がわかりにくい場合には手指衛生の必要性の認識が薄い。たとえば多剤耐性菌を保菌する患者の周辺環境は高頻度に汚染されている3)が,医療従事者の手指衛生が不十分であればただちに患者が感染症を発症するというわけではなく,多くの医療従事者が手指衛生と感染対策の因果関係を正しく認識できていない。手指衛生の重要性を強調するとともに,実際の現場においてたとえば流水と石鹸による手洗いと,速乾性擦式手指消毒薬の使い分けなどの具体的な手技についても情報を提供する必要がある。たとえばClostridium difficile関連下痢症の潜在的なリスクを考えれば,下痢を呈する患者のケアでは常に流水と石鹸による手洗いを実践するのが適当である。
 また,医療従事者へ手指衛生に関する教育を心掛けるだけでなく,手指衛生の遵守が絶対的に必要であるとすべてのスタッフが認めるような文化を醸成するのがよい。スタッフの間で手指衛生を遵守しないことを容認しない雰囲気が現場に根付くことが望ましい。手指衛生の実践が重要であることを管理者が繰り返し強調するとともに,定期的なモニタリングと現場へのフィードバックによって手指衛生の習慣を定着させたい。もちろん手指衛生を実践しやすいような手洗い場所へのアクセス,速乾性擦式手指消毒薬の配備も重要であり,手袋が手洗いの代替にはならないことも教育されていなければならない。さらに医療従事者への働きかけにとどまらず,患者やその家人が手指衛生の重要性を理解することも有用である。患者が自身の医療安全に積極的に関与して,医療従事者の手指衛生を監視するような状況を作ることができる。

記事本文はM-Review会員のみお読みいただけます。

メールアドレス

パスワード

M-Review会員にご登録いただくと、会員限定コンテンツの閲覧やメールマガジンなど様々な情報サービスをご利用いただけます。

新規会員登録

※記事の内容は雑誌掲載時のものです。

一覧に戻る