肝炎治療;最近の進歩
HCV感染に対する自然免疫応答
Pharma Medica Vol.29 No.10, 15-21, 2011
はじめに
現在の全世界におけるC型肝炎ウイルス(hapatitis C virus;HCV)慢性感染者数は約2億人と想定され,米国では一般人口の約1.8%(400万人)が感染者とされている1)。さらに特定の人口群,たとえば刑務所内の囚人群ではHCVに対する抗体の陽性率は38%,ホームレス群では44%,静脈薬物使用者群に至っては79%にものぼると想定されている2)。これら特定の人口群は米国における医療システムなどの問題から,多くの場合医療機関に受診することもなく,そのハイリスクな行動様式により患者数は増加の一途をたどるうえ,正確な感染者数の統計もほぼ不可能である。こういった背景により,これから10年の間にHCV感染に起因する非代償性肝硬変の患者数は4倍になると推定されており,それを反映した形で2009年度におけるHCV感染症に関連した医療コスト(30億ドル)は2024年には85億ドルにまで膨らむと考えられている。さらに治療に反応する遺伝子群や株にとって変わり,2011年度現在では治療抵抗性株に感染している患者数が50万人に達し,こういった株が高リスク人口群間で瞬く間に蔓延することで,米国におけるHCV感染症は日本でのそれに比べはるかに深刻な公衆衛生上の問題である。
このようなHCVのアウトブレイクはひとえにウイルスと宿主免疫反応におけるウイルス側の勝利にほかならず,HCVは急性感染症例において85%以上のケースで慢性感染を成立させる。さらにHCVゲノムが同定されてから20年以上もたつ今なお決定的な抗ウイルス薬やワクチンも合成されていない。本稿ではHCV感染症における抗ウイルス療法と密接なかかわりをもつ宿主自然免疫反応と,いかにHCVがそれを回避し,効率的な複製のライフサイクルを達成するかに焦点を当てて,最新の知見をふまえて解説する。
KEY WORDS
●HCV ●自然免疫 ●3型IFN ●ISGs
Ⅰ.ウイルス感染に対する自然免疫応答
現在のところ約200種以上のヒト病原性ウイルスが知られているが,効率的に慢性感染を成立させるものはきわめて限られており,HCVはそれを代表するウイルスの1つである。一般的に宿主のゲノムにウイルス遺伝子の挿入をきたすDNAウイルス(たとえばB型肝炎ウイルスやヘルペスウイルスなど)やヒト免疫不全ウイルス(human immunodeficiency virus;HIV)のようなウイルスライフサイクルにDNA合成が含まれるリボ核酸(RNA)ウイルス(レトロウイルスと呼ばれる)を除けば,宿主免疫システムはほとんどのウイルス感染症を急性期の間に制御し,宿主体内より駆逐することが可能である。しかしHCVはRNAウイルスであり,そのライフサイクルにDNA合成を含まないにもかかわらず,80%以上のケースで慢性感染を成立させる3)。この事実はHCVが宿主の免疫システムを巧妙にかいくぐり,効率的に複製するメカニズムを備えていることを強く示唆している。
ウイルスに対する免疫反応は,宿主がウイルスの感染を感知することによって開始される。ウイルス感染の感知により感染細胞内で自然免疫機構が惹起され,内因性のインターフェロン(IFN)の分泌が誘導されるとともに,Interferon Stimulated Genes(ISGs)と呼ばれる300種以上に及ぶ抗ウイルス遺伝子群の発現が誘導される4)5)。感染細胞から分泌された1型IFNや3型IFNは感染細胞または周囲の非感染細胞の1型IFN受容体または3型IFN受容体(IL-28/29受容体とも呼ばれる)を介し,Jak-STATシグナル伝達を活性化,その結果としてISGsの発現を誘導することで,結果的に周囲の細胞へのウイルスの感染拡大を防ぐ(図1)。

さらに分泌されたIFNは周囲の細胞性自然免疫細胞(マクロファージ,樹状細胞,NK細胞など)や,獲得免疫細胞(T細胞性免疫やB細胞性免疫をつかさどる)へと作用しこれらを活性化する。つまりウイルス感染の感知に始まる細胞内自然免疫の活性化は,その下流に位置する細胞性獲得免疫の活性化にまで大きな影響力をもち,実際にこれらの知見がさまざまな病原体に対するワクチン開発などに応用され始めている6)。
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※記事の内容は雑誌掲載時のものです。