Culture in Psychiatry
ユルスナールの『ネーレイデスに恋した男』
掲載誌
精神科臨床 Legato
Vol.10 No.1 62-63,
2024
著者名
高橋 正雄
記事体裁
抄録
/
連載
/
コラム
疾患領域
精神疾患
診療科目
心療内科
/
精神科
媒体
精神科臨床 Legato
1938年にユルスナール(1903~1987年)が発表した『東方綺譚』(多田智満子訳,白水社)に収められている『ネーレイデスに恋した男』には,統合失調症を思わせる病を発症したギリシアの若者と周囲の対応が描かれている。
ギリシアのある島の小さなテントのかげに,その男は埃と熱気と悪臭のなかに素足で突立っていた。「彼の茶色の古ズボンは踝までとどきかねていた」し,「肩先や肩甲骨が布地の裂け目から突き出ているところは,みすぼらしい岩そっくり」だった。「やつれたうつろな顔は,疑う余地のない美貌の痕跡をまだとどめている」ものの,「病んだ獣めいたその眼は,牝騾馬の瞼の縁をかざる睫毛と同じくらい長い睫毛のかげに,べつに警戒する様子もなく隠れていた」。
彼はこのとき,ひっきりなしに右手を差し出して,大きく開いた口から言葉にならない羊の鳴き声のような音を発していたのである。
※記事の内容は雑誌掲載時のものです。