私が日本温泉気候物理医学会(温気)に属して仕事をしていると聞くと,しばしば驚かれます.「温泉地で総会があるから?」と聞かれます.実際多くの総会はそうですが,この領域は大切と考えるところが大きいのです.
日本医学会には,2012年2月現在110の分科会があって加入順に番号が振られ,それぞれの持ち場は互いに少しずつ被りながら日本の医学をカバーしています.温気はNo.15で1935年に設立されました.頭につく「温泉」医学の印象が強いのですが,年代ごとに変遷があって,現在は臨床物理医学の側面が重要となっています.この領域をカバーする臨床系分科会は温気に代表されます.
まず温泉について.医学が学問としての体裁を整えるに従い,温泉の効能にも医学的視点が注がれる時代があり,あるいはまた外れる時期もありました.明治に温泉療法を含めた古来の日本医学は顧みられなくなったと思われがちです.しかし津々浦々の湯治場は残り,陸軍病院・海軍病院が温泉地に開設,1931年の勅令による九州大学温泉治療学研究所を嚆矢に6国立大学施設が置かれ,1935年日本温泉気候物理医学会が設立されました.現在会員数は約1,900名.リウマチ学会,リハビリテーション医学会などは温気からの流れをひとつとして設立されました.
現代では薬物,外科手術,放射線療法が強力となり,さらに近年,生物学的製剤,細胞・遺伝子操作が登場すると,「治療」は「介入」に言葉を変えました.しかし介入は,ヒトが生まれながらに持っている生命そのものの力を引き出す手段にほかなりません.ヒトの持つ力を引き出す療法は,ヒトが経験的に連綿と行ってきたものです.ヒトの生きる領域が地球上の極地から宇宙に広がっても一貫して変わり得ないものは,生命そのものの力を活かすことです.今日こそむしろその考え方が必要とされます.ヒトが他者からいただき利用するのは,地球の,あるいは自然の有する力を活かすことのほかにはありません.
膠原病・リウマチ領域で多くの患者さん,入院例に限っても数千例を診てきましたが,自然緩解はよくみられる,多くの患者さんは夫々自分の疾病を自ら緩解させる力を有している,と感じることがありました.また,レイノー現象に代表されるように,自然からの刺激に対する生体本来の反応の狂いが病態成立に寄与していて,病態診断にも治療評価にも有用であることもみられます.患者さん自身の感覚の鋭さ,自覚症状の語らいの正確さは,言葉をもったヒト独自のもので,医学の拠る基本です.自然現象としての温泉に人類は早くから寄り添い,これからも寄り添い続けるでしょう.とくに日本では,人々の嗜好は入浴習慣とともに温泉から離れることはなく,健康志向とともにあり続けました.この感覚を捨ててしまってはもったいない,と思うわけです.
日本赤十字社医療センターアレルギーリウマチ科部長/
日本温泉気候物理医学会理事長
猪熊茂子 Inokuma Shigeko