Summary
肥満や2型糖尿病において認められる骨格筋インスリン抵抗性の分子機構の1つとして,以前より血中から骨格筋間質へのインスリン移行の低下が指摘されているが,その詳細な分子機構については十分には解明されていなかった。われわれは,この分子機構に血管内皮細胞におけるインスリンシグナルが重要な働きをしているものと考え,血管内皮細胞でのインスリン受容体の主要な基質であるインスリン受容体基質(IRS)2に着目して解析を行った。血管内皮細胞特異的IRS2欠損マウス,高脂肪食肥満モデルマウスでは,いずれも血管内皮細胞におけるIRS2を介するインスリン刺激による内皮型一酸化窒素(NO)合成酵素の活性化の低下に伴い,毛細血管の拡張能,骨格筋間質へのインスリンの移行の低下が認められ,骨格筋でのインスリン依存性の糖の取り込みが障害されていた。そして,プロスタグランジン(PG)I2アナログによりインスリン刺激による内皮型NO合成酵素の活性化を回復すると,いずれのマウスにおいても骨格筋における毛細血管の拡張能および骨格筋間質へのインスリンの移行が改善し,骨格筋でのインスリン依存性の糖の取り込みの回復が認められた。
以上の結果より,血管内皮細胞におけるインスリンシグナルが,骨格筋でのインスリン感受性調節に重要な役割を果たしていることが明らかとなった。
Key words
●血管内皮細胞 ●インスリン受容体基質(IRS)2 ●インスリン依存性糖取り込み ●骨格筋 ●インスリン移行
はじめに
現在,わが国では2型糖尿病患者が増加の一途をたどっており,2007年の国民健康・栄養調査の発表によると糖尿病の強く疑われる人が約890万人,糖尿病の可能性を否定できない人を加えると約2210万人にも上るといわれている。日本人は,遺伝因子として欧米人に比べてインスリンの分泌能が低いうえ(約2分の1ともいわれる),環境因子として急速に進んだ食生活の欧米化や運動不足により肥満や内臓脂肪の蓄積に伴うインスリン抵抗性(インスリンが効きにくい状態)が進んだ結果,相対的なインスリンの作用不足に陥り,2型糖尿病患者の急増に至っていると考えられている。インスリンの主要な作用臓器として肝臓と骨格筋が挙げられるが,特に骨格筋はヒトにおいて最大のグルコースの消費臓器であり,骨格筋におけるインスリン抵抗性は2型糖尿病やメタボリックシンドロームを引き起こし,心筋梗塞や脳卒中といった大血管合併症や腎症や網膜症といった細小血管合併症の発症要因となっている1)2)。したがって,骨格筋におけるインスリンによる糖の取り込み機構の解明や肥満によるインスリン抵抗性の発症の分子機構を明らかにすることは,糖尿病およびメタボリックシンドロームやその合併症の予防,治療において最大のテーマの1つになっている。
骨格筋においてインスリンが正常に作用するためには,食後に膵臓のランゲルハンス島β細胞から分泌されたインスリンが骨格筋に分布する毛細血管に到達し骨格筋間質に移行し,移行したインスリンが骨格筋の細胞の表面に存在するインスリン受容体に結合する必要がある3)-6)(図1)。
以前より,骨格筋ではインスリンの移行が血液中や肝臓に比べゆっくりであり,インスリン依存性の糖の取り込みも緩徐に起こることが知られている1)7)8)。さらに,肥満者では血液や肝臓でのインスリンの分布に健常者と差は認められないものの,骨格筋へのインスリンの移行が低下しており,それに伴ってインスリン依存性の糖の取り込みが低下していることが報告されている9)。実際,骨格筋間質のインスリンの濃度を測定した報告では,肥満者ではインスリンの移行速度や濃度が低下していた9)。こうした一連の知見は,骨格筋ではインスリンの移行が律速段階となりインスリン作用の出現が緩徐となっていること,さらに肥満に伴う骨格筋のインスリン抵抗性には骨格筋そのものの糖の取り込み障害に加え,生理的に緩徐なインスリンの移行が肥満ではさらに低下しており,骨格筋における正常なインスリン依存性の糖の取り込み障害の一因となっていることを強く示唆する。しかしこれまで,そもそも骨格筋へのインスリンの移行がどのように制御されているのか,そして肥満ではなぜこれが障害されるのか,その分子機構は十分にわかっていなかった。
1 血管内皮細胞におけるインスリンシグナルの役割
1.血管内皮細胞特異的IRS2欠損マウスでは骨格筋間質へのインスリンの移行が障害され,骨格筋でのインスリン依存性の糖の取り込みが障害されていた
血管内皮細胞でのインスリン受容体の主要な基質であるインスリン受容体基質(insulin receptor substrate;IRS)2を血管内皮細胞特異的に欠損したマウスでは,血管内皮細胞において血管拡張作用をもつ一酸化窒素(nitric oxide;NO)を産生する酵素である内皮型NO合成酵素のインスリンによる活性化が約3分の1~4分の1に低下しており,グルコースクランプ法によりインスリン感受性を測定したところ,骨格筋においてインスリンによる糖の取り込みが有意に低下していた。単離した骨格筋においては,インスリン依存性および非依存性の糖の取り込みに異常は認められなかったことから,このマウスではインスリンの移行が障害されていることが示唆された。まず,マイクロバブルを用いて毛細血管の拡張能について野生型マウスを用いて検討したところ,インスリンにより有意な拡張が認められ,この拡張は内皮型NO合成酵素の阻害薬であるL-NAMEの投与により完全に阻害されることから,内皮型NO合成酵素に依存性であることが確認された。そして,血管内皮細胞特異的IRS2欠損マウスでは,このインスリンによる毛細血管の拡張が有意に障害されていた。さらに,マイクロダイアリシスプロープを用いて骨格筋間質におけるインスリンの濃度を測定したところ,このマウスではインスリンの移行が有意に低下していることが明らかになった。
以上の結果から,血管内皮細胞特異的IRS2欠損マウスではインスリンによる内皮型NO合成酵素の活性化が十分に起こらないため,毛細血管の拡張や骨格筋間質へのインスリンの移行が障害され,骨格筋におけるインスリン依存性の糖の取り込みが低下していることが明らかになった10)。
2.血管内皮細胞特異的IRS2欠損マウスの骨格筋で認められたインスリン依存性糖取り込み障害は,PGI2アナログの投与により改善した
次に,血管内皮細胞特異的IRS2欠損マウスで認められた表現型をインスリンによる内皮型NO合成酵素の活性化を回復することにより,レスキューすることができるかどうか検討した。プロスタグランジン(prostaglandin;PG)I2アナログ(PGI2アナログ)は環状アデノシン1リン酸(cyclic adenosine monophosphate;cAMP)-プロテインキナーゼA-転写因子cAMP応答配列結合蛋白(cAMP response element binding protein;CREB)を介して,血管内皮細胞において内皮型NO合成酵素の発現量を増加させることが報告されている。そこで,この欠損マウスにPGI2アナログを投与し内皮型NO合成酵素の発現量が約2倍となるようにしたところ,血管内皮細胞におけるインスリンによる内皮型NO合成酵素の活性化は野生型マウスとほぼ同じ程度にまで改善し,毛細血管の拡張能も同様に回復した。このPGI2アナログによる毛細血管の拡張能の回復は内皮型NO合成酵素の阻害薬であるL-NAMEにより完全に阻害されたことから,内皮型NO合成酵素を介しているものと考えられた。そして,毛細血管の拡張能の回復に伴い骨格筋間質へのインスリンの移行もほぼ完全に回復し,骨格筋におけるインスリン依存性の糖の取り込みもほぼ完全に改善した。なお,PGI2アナログが骨格筋そのものの糖の取り込みに影響を与えなかったことについては,PGI2アナログを投与したマウスの骨格筋を単離してインスリン依存性および非依存性の糖の取り込みを検討し,PGI2アナログ非投与群と差が認められないことで確認した。
以上の結果から,骨格筋間質へのインスリンの移行とそれに伴うインスリン依存性の骨格筋での糖の取り込みが血管内皮細胞のインスリンシグナル(インスリンによる内皮型NO合成酵素の活性化)により調節されていることが明らかとなった。
3.肥満モデルマウスでは血管内皮細胞におけるIRS2の発現が低下し,骨格筋間質へのインスリンの移行が障害されていた
次に,肥満で認められる骨格筋のインスリン抵抗性に同様な分子機構が存在するかどうかについて検討を行った。肥満モデルマウスとして,8週間にわたり高脂肪食を負荷したマウスを使用した。高脂肪食負荷マウスの血管内皮細胞ではIRS1の発現が約2分の1に,IRS2の発現が約4分の1に低下しており,それに伴ってインスリンによる内皮型NO合成酵素の活性化が血管内皮細胞特異的IRS2欠損マウスと同様に約3分の1に低下していた。この高脂肪食負荷マウスの毛細血管の拡張能および骨格筋間質へのインスリンの移行を検討したところ,普通食負荷マウスに比べいずれも有意に低下していた。そして,グルコースクランプ法によりインスリン感受性を測定した結果,血管内皮細胞特異的IRS2欠損マウスとは異なり肝臓におけるインスリン抵抗性は認められたが,骨格筋におけるインスリン依存性の糖の取り込みも有意に障害されていた。
もし,血管内皮細胞特異的IRS2欠損マウスと同じような分子機構でこの骨格筋におけるインスリン抵抗性が生じているのであれば,同様にPGI2アナログによるレスキューが可能なはずである。そこで,先述と同様に内皮型NO合成酵素の発現量が約2倍に増加するようPGI2アナログを投与したところ,インスリンによる内皮型NO合成酵素の活性化および毛細血管の拡張能はほぼ普通食負荷マウスと同じ程度にまで改善した。PGI2アナログによる毛細血管の拡張能の改善作用は内皮型NO合成酵素阻害薬であるL-NAMEにより完全に阻害されたことから,内皮型NO合成酵素を介しているものと考えられた。そして,毛細血管の拡張能の改善に伴い骨格筋間質へのインスリンの移行もほぼ普通食負荷マウスと同じ程度にまで回復した。グルコースクランプ法により高脂肪食負荷マウスのインスリン感受性を測定したところ,肝臓におけるインスリン抵抗性は全く改善していなかったが,骨格筋における糖の取り込みは有意に改善していた。しかし,その改善は毛細血管の拡張能やインスリンの移行とは異なり3分の2程度にとどまっていた。これは,PGI2アナログによりインスリンの移行は改善したが,肥満によってもたらされた骨格筋そのもののインスリン作用は改善しなかったためと考えられた。実際に,単離した骨格筋のインスリン依存性および非依存性の糖の取り込みを検討したところ,高脂肪食負荷マウスでは普通食負荷マウスに比べ有意に低下しており,これはPGI2アナログを投与しても全く改善が認められなかった。
おわりに
以上の結果より,健常者では食後にインスリンが分泌されると血管内皮細胞の内皮型NO合成酵素が活性化されて毛細血管が拡張し,インスリンが骨格筋間質に移行して正常に糖の取り込みが起こる。これに対し,肥満者では血管内皮細胞におけるIRS,特にIRS2の発現が低下しているため,食後にインスリンが分泌されてもそのシグナルは十分に伝達されずに内皮型NO合成酵素の活性化が低下し,毛細血管の拡張や骨格筋間質へのインスリンの移行が正常に起こらず骨格筋における糖の取り込みが障害されているものと考えられた(図2)。
そして,インスリンによる血管内皮細胞における内皮型NO合成酵素の活性化を改善することが,毛細血管の拡張能および骨格筋間質へのインスリンの移行を改善し骨格筋における糖の取り込みを回復することが明らかになった。これまで糖尿病の治療薬としてさまざまな分子機構をもつ薬剤が臨床で使用されているが,血管内皮細胞をターゲットとした薬剤はいうまでもなく,骨格筋へのインスリンの移行に注目した薬剤も全く存在しないのが現状である。これまでに登場した糖尿病治療薬ではまだ十分に血糖コントロールのできていない背景の一部に,こうしたまだわれわれがアプローチできていないインスリン抵抗性の分子機構がある可能性は否定できない。今回の発見が,肥満に伴うインスリン抵抗性改善薬の新たな開発につながれば幸いである。
文 献
1)DeFronzo RA, Tobin JD, Andres R:Glucose clamp technique;a method for quantifying insulin secretion and resistance. Am J Physiol 237:E214-E223, 1979
2)Bergman RN:Lilly Lecture;toward physiological understanding of glucose tolerance;minimal-model approach. Diabetes 38:1512-1527, 1989
3)White MF, Kahn CR:The insulin signaling system. J Biol Chem 269:1-4, 1994
4)Petersen KF, Dufour S, Befroy D, et al:Impaired mitochondrial activity in the insulin-resistant offspring of patients with type 2 diabetes. N Engl J Med 350:664-671, 2004
5)Vincent MA, Clerk LH, Rattigan S, et al:Active role for the vasculature in the delivery of insulin to skeletal muscle. Clin Exp Pharmacol Physiol 32:302-307, 2005
6)Long YC, Zierath JR:Influence of AMP-activated protein kinase and calcineurin on metabolic networks in skeletal muscle. Am J Physiol Endocrinol Metab 295:E545-E552, 2008
7)Sherwin RS, Kramer KJ, Tobin JD, et al:A model of the kinetics of insulin in man. J Clin Invest 53:1481-1492, 1974
8)Yang YJ, Hope ID, Ader M, et al:Insulin transport across capillaries is rate limiting for insulin action in dogs. J Clin Invest 84:1620-1628, 1989
9)Sjostrand M, Gudbjornsdottir S, Holmang A, et al:Delayed transcapillary transport of insulin to muscle interstitial fluid in obese subjects. Diabetes 51:2742-2748, 2002
10)Kubota T, Kubota N, Kumagai H, et al:Impaired insulin signaling in endothelial cells reduces insulin-induced glucose uptake by skeletal muscle. Cell Metab 13:294-307, 2011
東京大学大学院医学系研究科糖尿病・代謝内科
窪田 直人 Naoto Kubota
窪田 哲也 Tetsuya Kubota
東京大学大学院医学系研究科糖尿病・代謝内科教授
門脇 孝 Takashi Kadowaki