はじめに
血管炎は,侵される血管の種類とその広がり,また炎症の性状により,きわめて多彩な病理所見を呈する。原因論的に,原因が不明で基礎疾患がなく,血管炎が独立して起こる原発性血管炎と他の疾患に合併する続発性血管炎に分類できるが,ほとんどの血管炎はいまだ病因が不明であり,包括的に血管炎症候群として理解されている。したがって,血管炎の分類ならびに診断は,主に病理形態学的分類を基盤として行われており,正確な病理診断は治療選択と相まって臨床的にきわめて重要であろう。特に,臨床的に非定型的な血管炎の症例では,診断確定には病理学的検査が不可欠である。また近年,血管画像技術が進歩して,空間的のみならず質的,もしくは機能的な血管病変の画像を把握することが可能となり,正確な診断のためには臨床と病理の相補的情報交換がますます重要になっている。
本稿では原発性血管炎について,特に循環器臨床医が遭遇することの多い大型血管炎として高安動脈炎と巨細胞性動脈炎について,次号で炎症性腹部大動脈瘤,Buerger病の病理学的特徴を提示する。さらに,「血管炎症候群」と動脈硬化についても,次号で付言したい。
1 Chapel Hill Consensus(1994)¹⁾の概要
原発性血管炎の分類は,結節性多発動脈炎の病理学的定義がなされて以降,種々の視点から病理学的ならびに臨床病態学的分類が試みられてきた。1994年に,Chapel Hillで開催された全身性系統的血管炎の分類に関するカンファレンス2)において,それまでの分類の見直しがなされ,病変が認められる血管の①種類とサイズ,②組織学的な炎症性状の特徴,さらに③抗好中球細胞質抗体(antineutrophil cytoplasmic antibodies;ANCA)の有無を考慮に入れた分類1)が提唱され,今日でも血管炎の分類ならびに病理診断の基準となっている(図1)。
2 高安動脈炎(大動脈炎症候群,脈なし病)
病変の主な分布は大動脈とその主要分枝で,稀に冠動脈起始部や肺動脈幹をも侵すことがあり,その分布により種々の臨床型分類が報告されている。一般に,病変の解剖学的分布により,①大動脈弓部とその部の分枝動脈,②胸部下行大動脈ならびに腹部大動脈,③大動脈全体,④肺動脈が侵されるものの4型に分けられる。病変部の狭窄・閉塞,拡張・動脈瘤形成(解離を伴うこともある)を,またその結果として大動脈弁閉鎖不全,脈なし,下肢の間歇性跛行,眼底異常や高血圧などの多彩な臨床症状を発症,合併することとなる。肺動脈病変が臨床的に問題となることは,きわめて稀である。若年女性に多いが,年齢分布は広く,高齢者で発症することもある3)。高齢発症例では,特に頸動脈硬化症による脳虚血症状との鑑別が問題となるので注意を要する。
病理組織学的特徴(表1)として,外膜と中膜の慢性炎症細胞浸潤を伴う線維化を認め,特にこれらの炎症所見は栄養血管(vasa vasorum)の増生に伴って生じるのが特徴的である。
早期の病変では,特に増生血管周囲の炎症細胞浸潤(perivascular cuffing)が目立つ(図2A~D)。
その部の中膜には,平滑筋細胞の脱落と弾性線維の破壊,消失が認められ異物型巨細胞を稀に伴うことがあり,巨細胞性動脈炎との鑑別が必要となるが,巨細胞性動脈炎に認められる典型的な肉芽腫性炎は認めない。また本症は,上述のように中膜栄養血管の炎症と関連して,ときに虚血性病変としての巣状の中膜壊死を伴うこともある。これらの病変は,しばしば不規則に分布し「虫食い状」を呈することが多く,したがって病変の分布が「飛び地状」となりやすい。このことは,病理組織学的特徴の1つでもある。
瘢痕期には,中膜ならびに外膜の高度な線維化とともに,内膜の高度な線維性(図2E,F)ないし線維粥状プラークが顕著となり,特に分枝動脈では高度な内腔狭窄の原因となる。
本症と鑑別すべき疾患には,①巨細胞性動脈炎,②梅毒性大動脈中膜炎などの感染性大動脈炎,③Marfan症候群,④大動脈弁輪拡張症などの非炎症性大動脈中膜変性症,また⑤リウマチ性多発筋痛症や⑥ベーチェット病に合併した大動脈炎などが挙げられる。特に,巨細胞性動脈炎との鑑別点としては,高安動脈炎は①若年女性に好発すること,病理形態学的に②外膜の炎症ならびに線維化が顕著なこと,③病変が「飛び地状」に分布することが多いこと,一方,④巨細胞性動脈炎では肉芽腫性病変が主体で中膜解離を伴う頻度が高いことなどが挙げられる。しかしながら,瘢痕期に至った病変では,両者の病理学的鑑別は多くの症例で困難である。
3 巨細胞性動脈炎(側頭動脈炎)・巨細胞性大動脈炎
本病変は,頸動脈分枝の中等大の筋型動脈(浅側頭動脈,後頭動脈,眼動脈,後毛様体動脈など)に好発する(図3A)が,稀に弾性型動脈(大動脈,頸動脈,鎖骨下動脈,冠動脈,肺動脈など)にも同時に,また独立してみられることがある(表2)。
浅側頭動脈に好発するので,側頭動脈炎とも呼称される。本症は,欧米ではきわめて多い血管炎症候群の1つであるが,本邦では比較的稀な血管炎である。発症原因は不明であるが,自己免疫性起源が考えられている。発症平均年齢は60歳代で,高齢者に多いのが特徴である。一般的に,ステロイド治療によく反応する血管炎であることから臨床的予後は基本的に良好であるが,眼症状は著しいQOL悪化を,また頭蓋外動脈,特に弾性型動脈が侵されると罹患動脈の動脈瘤形成や高度狭窄により重篤な合併症を招来することがある。
病理組織学的には,病変の主座は中膜,特に内弾性板から内膜寄りの中膜に認められるが,筋型動脈ではしばしば中膜全体が侵される4)(表2)。特徴的な炎症所見は肉芽腫性炎症であり,組織球の増生,リンパ球,形質細胞やマクロファージの浸潤にLanghans型や異物型巨細胞を伴う(図3B~D)。巨細胞の出現は内弾性板の破壊部に認められることが多く,破砕弾性板の貪色像(elasticophagia,図3D)を認めることもある。病変部では弾性線維の破壊,消失とともに平滑筋細胞の消失もしくは反応性増生を伴う。内膜は非特異的に肥厚し,内腔狭窄の原因となる。ときに,血栓形成やその器質化像を伴うことがある。外膜の炎症や線維化は少ないか,あっても軽微であることも本病変の病理組織学的特徴である。
大動脈には,本症の頭蓋外動脈病変として側頭動脈炎の発症前後に,もしくは単独に発生し,高安動脈炎との鑑別が必要となる。しかし,巨細胞性大動脈炎は,大動脈のいずれの部にも発生するが高安動脈炎のように系統的に大動脈とその分枝を侵さないことが臨床的鑑別点となる。病理学的には(図3E,F),本病変の主座は筋型動脈に発生した場合と同様であるが,筋型動脈の場合とは異なり中膜の血管増生とその周囲の炎症所見が目立つことが多く,さらに高安動脈炎にみられる中膜の虚血性変化や解離,また巨細胞(図3G)を伴うこともあるので,病理学的所見のみでは両者の鑑別は困難なことが多い。上述の病理学的所見に病変分布などの臨床所見を加味して,総合的に診断することが肝要である。
文 献
1)Jennette JC, Falk RJ:Small-vessel vasculitis. N Engl J Med 337:1512-1523, 1997
2)Jennette JC, Falk RJ, Andrassy K, et al:Nomenclature of systemic vasculitides. Proposal of an international consensus conference. Arthritis Rheum 37:187-192, 1994
3)発地雅夫:高安動脈炎の剖検例における最近の傾向.脈管学 31:1213-1216,1991
4)中島 豊,居石克夫:巨細胞性動脈炎(側頭動脈炎).現代医療 24:1449-1451,1992
独立行政法人国立病院機構 福岡東医療センター
研究教育部長・病理部長
居石 克夫