近年,重症下肢虚血が非常に増加しているにもかかわらず,その有効な治療法であるdistal bypassを行う血管外科医は少ないのが現状である。
2011年4月に沖縄で開催された第39回日本血管外科学会学術総会では,モーニングセミナー「PADの治療戦略,跛行と重症虚血―血管内治療も血管外科医の手で―」が開催され,演者に遠藤將光氏(国立病院機構金沢医療センター血管病センター 心臓血管外科部長)を迎えた。座長を務めた宮田哲郎氏(東京大学大学院医学系研究科外科学専攻血管外科学准教授)は,「遠藤先生には,バイパス術や血管内治療の現状などの紹介とともに,血管外科医のあるべき姿についても言及していただけるものと期待しています」と紹介した。
座長
東京大学大学院医学系研究科外科学専攻血管外科学准教授
宮田哲郎
演者
国立病院機構金沢医療センター血管病センター 心臓血管外科部長
遠藤將光
小学校における禁煙教育の効果
喫煙は動脈硬化の重要なリスクファクターであり,末梢動脈疾患(PAD)診療の国際ガイドラインであるTASCⅡ(TransAtlantic Inter-Society Consensus Ⅱ)においても,喫煙者には繰り返し強く禁煙を勧めるべきとされている。
遠藤氏は,2000年より小学校でたばこの害について話す禁煙教育を実施しており,この教育が成人後の喫煙率低下に影響するかどうかを調査した。
まず,ある中学校の3年生を対象に調査したところ,小学6年生のときに同氏の禁煙教育を受けた子どもは,受けていない子どもに比べてたばこを吸った経験が有意に低いことが示された。さらに,その地域の成人式で総数422名(有効数397名)に対してアンケート調査を実施した結果,男性において同氏の授業があった小学校出身者での喫煙率は10%に満たないが,授業がなかった小学校出身者では24%であり,統計学的有意差が認められた(表1)。
子どもの頃に禁煙の教育を受けることで,その後の喫煙率を減少させる効果が確認されたのである。また,同氏は日本禁煙科学会の学術委員も務めており,禁煙普及活動に尽力している。
間歇性跛行に対する治療戦略
本邦では,血管外科医がPADの診断から治療までを担ってきた歴史的背景があり,外科ばかりでなく血管内科的な医療も行ってきた。しかし近年,循環器科医や放射線科医もPAD診療を行うようになってきているため,PADの治療戦略に対して共通の認識をもつべきであるという。
PADの治療戦略として,間歇性跛行に対しては運動療法が最も重要であり,抗血小板薬投与によってその効果はより上がるといわれている(図1)。
近位病変の疑いがあれば血行再建術を考慮することもあるが,すべての間歇性跛行患者に対する初期治療として,TASCⅡでは監視下運動療法が推奨されている。
また,薬物療法として同氏は,TASCⅡで推奨されているセロトニン受容体拮抗薬のナフチドロフリル(本邦未承認)と同様の作用機序を有するサルポグレラートをPAD患者に3ヵ月間投与し,その効果を検討した。その結果,跛行出現距離,最大歩行距離については,有意差はないものの増加傾向を示した。また,歩行障害質問票(WIQ)による評価も全体的に改善傾向が認められた。有意差が認められたのは「歩行スピード」のみであったが(表2),400例以上にサルポグレラートを24週間投与した他の報告では,WIQスコアは有意に上昇し歩行障害が改善するとの知見が得られている(図2)。
このことから,同氏らの検討結果は期間も短く症例数も少なかったためと考えられ,症例を積み重ねれば有意差を証明しうると考えている。この検討結果から,同氏は,やはり間歇性跛行に対しては,まず運動療法の施行とサルポグレラートなどの抗血小板薬の投与が重要であることを改めて強調した。
重症虚血肢に対する治療戦略
足趾に潰瘍が認められた場合,虚血性かそれ以外の原因かを考え,虚血性であれば保存的加療で治癒可能か,血行再建術は必要ないかを見極めなければならない。ただし,重症虚血肢(CLI)の場合はわずか1週間でも状態が急変することがあり,根拠のない「経過観察」は病状を悪化させることになってしまうと同氏は指摘する。
血行再建術が必要かどうかを判断する方法として,同氏らは現在のところ皮膚灌流圧(SPP)を一番の根拠にしている。SPP 30mmHg以上であれば治癒率80%であるという報告もあるが,実際には40mmHg程度が理想であるという(図3)。
このSPPなどを指標にして,まず血行再建術が必要かどうかをきちんと判断することが非常に大事だということである。
血管内治療の現状
前述のように,血管外科医は以前から血管内科医的な医療も行っており,血管外科医は血管治療医でなければいけないと同氏は考えている。昔話の「花咲かじいさん」のように,「枯れ木のような足にもう一度花を咲かせてあげる」ことがその役割だという。
PADの治療法はさまざまであるが,バイパス術と血管内治療がメインとなる。日本血管外科学会のデータによると,バイパス術は2004年は3521例,2008年は3442例とほぼ横ばいであるが,血管内治療は2004年が1865例,2008年が3746例と約2倍になっている。学会員以外の循環器内科医でも血管内治療を施行する医師が増えていることから,下肢の血管内治療は相当増加していると考えられる。ただ,血管内治療は非常に魅力的ではあるものの,使い方を間違えるとさらに症状が悪化する可能性があることから,バイパス術というもう1つの治療手段をもたずに血管内治療を行うことは,患者さんを不幸にする場合もあるのではないかと危惧する。
また,血管内治療は低侵襲であるが,現在のステントでは屈曲部位の追従は難しいため関節部にステントを留置すべきではなく,non-stenting zoneは厳守してほしいと注意を喚起した。
大腿膝窩動脈の血行再建
現在では,腸骨動脈病変に対する血管内治療を否定する医師はおそらくいないであろう。腸骨動脈の血管内治療成績はYグラフトやF-Fバイパス術よりも良好で,定期的に通院する患者さんであれば腸骨動脈病変が再閉塞することはまずないという。
大腿膝窩動脈に関しては,同氏の施設ではTASC-A,TASC-B病変は血管内治療,TASC-C,TASC-D病変はバイパス術を行っている。TASC別の成績をみると,TASC-A,TASC-C病変にはやはり開存率に有意差があった。また,初期開存率は人工血管を用いたF-Pバイパスのほうが血管内治療よりも成績がよく有意差がみられたが,二次開存率に有意差は認められなかった(図4)。
きちんとフォローアップしながら患者さんの状態を確認し,エコー検査で何らかの問題があれば閉塞する前に再度血管内治療を行うべきであり,同氏らは積極的に電話をかけて患者さんに外来に来てもらうようにしているという。
下腿の血行再建
下腿の血行再建については,バイパス術は侵襲度が高いが長期開存が望める。一方,血管内治療は低侵襲であるが,再発率が高い。ただし,血管内治療は繰り返し施行可能である。バイパス術と血管内治療のどちらがよいかについては議論があるところだが,必ずしも最初に血管内治療を選択することはないという。静脈があって手術が可能であれば,バイパス術を選択すべきであるという報告もある。
BASIL Studyでは,治療2年までは全生存率も下肢切断回避生存率もバイパス術と血管内治療で差がなかったが,2年後はバイパス術のほうが明らかに成績がよかった。さらに,血管内治療がうまくいかず,その後バイパス術を行った群は,最初からバイパス術を選択した群よりも明らかに成績が悪いと報告されている。この結果から,BASIL Studyでは静脈によるバイパス術を第一選択にすべきであると結論している。
下腿のバイパス術
Distal bypassの成績に関しては,12000例以上を検討したメタ解析のデータがある。メタ解析では,バイパス術施行5年後の下肢切断回避生存率が78%であり,一方BASIL Studyでは約50%である(図5)。
同氏は,BASIL Studyのバイパス術の成績が悪すぎるのではないかと疑問視する。
そこで同氏は,血管外科の原点に戻りdistal bypassを勉強する会として「Peripheral Artery Surgical Meeting(PASミーティング)」を設立した。やはり,distal bypassが外科医の本領発揮の場であるという。
同氏の施設では,下腿のバイパス術についてはin situを第一選択としており,またエスマルヒ/エアーターニケットで遮断するなどの工夫をしている。その背景には,弁カッターの進歩が関係していると考えている。さらに,時間短縮も低侵襲につながるため,非常に重要となる。ただ,in situかreverseかについては,それぞれが慣れた方法を選択すればいいという。In situは切開創が小さく,吻合部の動脈と静脈の口径差も少ないためストレスもない。また,関節運動に伴うグラフト長の調節が容易で「ねじれ」がなく,体動によるグラフトの屈曲・閉塞などの問題が少ない。しかし,静脈の状態によって手術の範囲は制限されるため,reverseの併用が必要な場合がある。さらに,静脈のスパズムが起こることも多い。
一方,グラフトに関するトラブルもある。そのため,術後のフォローアップが大事であり,患者さんが受診しない場合には電話で呼び出すという方法が非常に重要であると再度強調した。
2006年にはISSVG(in situ saphenous vein graft)狭窄に対する経皮的血管形成術(PTA)が報告されたことから,同氏もグラフトに対してPTAを行った。このように,グラフトの狭窄も容易に治療できるようになってきているという。ただ,このようなことはやはり血管外科医が血管内治療を行っているからこそ可能なことなのだと主張する。
また,低侵襲であるため最近ではhybrid治療が増えてきており,hybrid治療後も,やはりエコーで慎重にフォローアップすることが大事だという。なお,このhybrid治療実施5年後の救肢率は92%,生存率は75%と良好である(図6)。
チーム医療の重要性と注意点
PAD患者に対しては,血管外科医だけでなく皮膚科医,整形外科医,形成外科医,腎・代謝内科医,循環器内科医,さらには看護師,検査・リハビリスタッフなどによるチーム医療が重要といわれている。実際,同氏の施設では外部講師を招くなどして,院内フットケアミーティングを定期的に開催している。
しかし,チーム医療には落とし穴がある。「チーム医療」という言葉の響きはよいが,責任の押し付け合いにならないように中心となって患者と対峙する人物が必要であり,それはやはり血管外科医が務めるべきだと同氏は考えている。
ますます増加が予測される血管学
「沖縄クライシス」という言葉がある。沖縄県は長寿県であったが,男性の平均寿命は2000年には全国で26位に転落した。この突然の変化を「クライシス」と呼んでおり,その背景には食生活の変化を指摘する声が多い。また沖縄には鉄道がなく,アメリカ型車社会で徒歩が著減していることも影響しているようで,肥満率は全国平均の1.5倍以上である。このようなことが沖縄で起きたということは,近い将来「日本クライシス」となり,血管病はさらに増える一方であると考えられる。したがって,若い血管外科の先生方にぜひ頑張っていただきたいと同氏は激励した。
すべての治療手段の知識と経験が必要
血行再建術を要する症例は早急に対処が必要であり,根拠のない経過観察は患者を不幸にする。また,「血管治療医」=「血管外科医」が理想であり,血管の病気を治療する医師はすべての治療手技の知識と経験を有しているべきであると最後にまとめた。
国立病院機構金沢医療センター血管病センター 心臓血管外科部長
遠藤 將光
1979年金沢大学医学部卒業後,同大学第一外科,石川県立中央病院胸部心臓血管外科にて研鑽を重ねる。1996年同病院胸部心臓血管外科部長,1998年国立病院機構金沢医療センター心臓血管外科医長,2004年同センターCCU室長を経て2007年より現職。また,メルボルンやニューヨークにて血管外科研修の経験も有する。日本フットケア学会,日本脈管学会など多くの学会に所属している。