Summary
多発性硬化症(MS)は中枢神経の炎症性脱髄疾患であり,病巣の空間的多発性や症状の再発寛解を繰り返す時間的多発性を特徴とする。MSの治療は,主に急性増悪期の治療と,その後の再発予防の治療に大きく分けられる。急性増悪期の治療としては,ステロイド治療が行われることが多い。再発予防の治療としてはインターフェロン(IFN)治療が行われているが,IFN投与にもかかわらず再発する症例は多く,またIFNは注射による投与のため,皮膚潰瘍の出現などで治療継続が困難となる症例も認められる。スタチンは,心臓や脳血管障害の再発予防薬として広く使用されている経口摂取の薬剤であり,その抗炎症作用や免疫調整作用による効果が炎症性脱髄疾患でも期待されている。
Key words
●多発性硬化症 ●スタチン ●インターフェロン ●免疫調節作用 ●再発予防
1 多発性硬化症とは
多発性硬化症(multiple sclerosis;MS)は中枢神経の炎症性脱髄疾患であり,中枢神経内の2つ以上の病巣に由来する症状がある空間的多発性や,症状の再発や寛解がある時間的多発性を特徴とする。
臨床経過に基づく病型分類(表1)では,急性増悪(再発,relapse)とそれに続く寛解(remission)を繰り返すものを再発寛解型MS(relapsing-remitting multiple sclerosis;RRMS)という。
また,病初期から明らかな再発を示さず進行性の経過を呈するものを,一次性進行型MS(primary progressive multiple sclerosis;PPMS)という。RRMSは,経過中に再発が明らかでなく進行性の経過を呈する病型へ移行することがあり,二次性進行型MS(secondary progressive multiple sclerosis;SPMS)という1)。
2 多発性硬化症の治療(表2)
MS治療の目的は,急性増悪期を短縮させ後遺症を軽減させること,RRMSの再発頻度を減らし再発の程度を軽減させること,進行型MSの進行を防止すること,後遺症に対する対症療法により障害を軽減させることである1)。
副腎皮質ステロイド薬(corticosteroid;CS)は,MSの急性増悪後の短期における機能回復を促進するため,急性期にはステロイドパルス療法が広く使用されている。しかし,CSの長期的な機能改善作用は明らかではない。
その他に,ステロイドパルス療法にて十分な効果が得られない症例では,血漿交換療法が有効な治療法とされている。
RRMSの再発予防には,インターフェロン(interferon;IFN)β-1b 800万国際単位(8MIU)隔日皮下注射,もしくはIFNβ-1a 30μg(6MIU)週1回筋肉内投与が推奨されている。また,臨床的あるいは画像上の再発を認めるSPMSにおいても,早期にIFN-β投与を開始することで炎症に由来する軸索障害の進行を遅延させ,身体機能障害の進行を抑制する効果と再発予防効果が期待できる。しかし,再発のないSPMSやPPMSでは臨床効果は明確でなく,炎症性活動性病巣がなく臨床的,あるいは画像上の再発を認めない場合は,身体機能障害の進行に対する治療効果は明確ではない。
3 多発性硬化症に対する治療としてスタチンが注目された経緯
HMG-CoA還元酵素阻害薬であるスタチンは,高コレステロール血症の治療薬として世界各国で広く使用されている。また,大規模な臨床試験により心筋梗塞などの心血管イベントや脳血管障害の発症リスクを低下させることも明らかとなっている。さらに,スタチンの免疫調節作用や神経保護作用が注目されるようになった。
2002年にNeuhausら2)は,MS患者におけるスタチンの免疫調節作用をIFNβ-1bと比較するin vitroでの実験を報告した。その報告によると,lovastatin(本邦未承認),シンバスタチン,メバスタチン(未製品化)の各スタチンが,RRMS患者から採取した末梢血単核球の増殖を用量依存性に抑制することが確認された。IFNβ-1bも同様の効果を示すことが知られており,さらにスタチンがTh1/Th2のサイトカインバランスを修正することも示されたため,スタチンもIFNβ-1bと同様にMSの有効な治療薬となる期待が高まった。またYoussefら3)は,chronic and relapsing実験的自己免疫性脳炎(experimental autoimmune encephalomyelitis;EAE)モデルマウスでアトルバスタチンによる抗原提示細胞(antigen-presenting cell;APC),T細胞両者を介す多面的な免疫調節作用を報告した。
このように,EAE例を含めin vitroでスタチンのMSに対する有効性を示唆する報告が続いたため,in vivoでのオープンラベルによる小さな臨床試験が行われた(表3)。
2003年にSenaら4)は,7名のRRMS患者に対してスタチンの一種であるlovastatinを12ヵ月間投与した。スタチン投与期間中,ほかに免疫抑制薬やIFN-βなどの免疫調節薬の投与は行われなかった。最初の1ヵ月はlovastatin1日20mgで投与開始し,副作用がなければその後40mgに増量された。結果は,6名の患者ではEDSS(Expanded Disability Status Scale)スコアは変化を認めず,1名の患者はスコアが1点改善した。また,3名の患者は治療期間中再発を認めず,グループ全体でも年間の再発率は低下した。しかし,4名の患者で投与期間中に頭部MRI上新たな病変が出現していたため,スタチンは何らかの炎症を促進する可能性もあり,さらなる大規模な臨床試験が必要であると結論付けている。
2004年にVollmerら5)は,RRMS患者28名に対してシンバスタチン1日80mgを6ヵ月間投与したところ,MRIにて造影される病巣数は44%減少し,病巣の体積も41%減少した。治療前後で再発率に変化はみられなかった。また,Th1サイトカイン(IFN-γ,腫瘍壊死因子(tumor necrosis factor;TNF)-α,インターロイキン(interleukin;IL)-2,IL-12)とTh2サイトカイン(IL-4,IL-6,IL-10)に変化は認められなかったとも報告している。
以上の結果より,IFN-βと併用した際のスタチンの治療効果に期待が高まった。
4 IFN-βとスタチンの併用療法に対する臨床試験(表4)
MSに対する治療としては,IFN-βなどの確立された治療薬がすでに存在するため,スタチン単独での臨床試験実施は倫理的な面からも困難になってきている。したがって,IFN-βとスタチンの併用での効果が注目されるようになり,臨床試験が行われるようになった。
2008年にBirnbaumら6)は,IFNβ-1aとアトルバスタチンの併用療法について結果を報告している。IFNβ-1a投与で病状が安定しているRRMS患者に対して,プラセボ,アトルバスタチン1日40mg,および1日80mg投与の3群で二重盲検試験を実施した。スタチン追加による相乗効果が期待されたが,結果は予想に反し,アトルバスタチン投与群がプラセボ群に比べ,MRI画像上も臨床的にも再発のリスクが有意に高くなっていた。アトルバスタチンを投与された17名中10名でMRI上,あるいは臨床的に再発が認められた。プラセボを投与された9名中1名しか再発しなかったのとは対照的な結果であった。
一方,2009年に報告されたSENTINEL試験(natalizumab(本邦未承認)とIFNβ-1a併用療法の治験)の分析結果7)では,IFNβ-1aの筋注投与を受けたRRMS患者で,脂質異常症治療のためスタチン投与を受けた40名とスタチン投与を受けていない542名との比較では,再発率,機能障害の進行,MRIにて造影される病変数の増加は2年間で有意差を認めなかった。
2010年のLanzilloら8)によるACTIVE試験の報告では,1年間IFNβ-1a治療を受けているにもかかわらず,MRIにて造影される病変が存在する,あるいは再発が続いているRRMS患者を対象に,アトルバスタチンとIFNβ-1aの併用群21名とIFNβ-1a単独投与群24名にランダムに振り分け治療を継続したところ,2年後には両群で始めのエンドポイントであるMRIにて造影される病変数が減少していた。試験開始時とフォロー2年後では併用群のみ有意差(p=0.007)が認められたが,統計的データ解析では両群に差は認められなかった。第二の評価尺度である再発の数,EDSSスコアの変化,検査室の安全性データでは,併用群で再発率が有意に低下(p<0.005)していたが,2年後のEDSSスコアは両群で差を認めなかった。両群ともクレアチンホスホキナーゼ(creatine phosphokinase;CPK)や肝酵素などの血液検査データは著変を認めず,また筋痛や筋痙攣も報告はなかった。著者らは,低用量のアトルバスタチン併用療法はIFNβ-1a単独治療に対する反応があまりよくない患者には有用かもしれないと結論付けている。
5 スタチンの抗炎症作用や免疫調節作用について(表5)
Birnbaumら6)の報告では,IFN-βとスタチンの併用によりMSの再発率が上昇していたが,in vitroの研究では,この治療効果の減弱はIFN-βのシグナリングに重要なSTAT1転写因子のチロシンリン酸化をスタチンがブロックすることにより引き起されることが示されている。
Neuhausら2)のin vitroでの報告では,スタチンはIFN-βと同様の抗炎症作用を示すこともあれば,逆に炎症作用を示すこともあった。たとえば,抗炎症作用のあるIL-4はスタチンでもIFN-βでも上昇を示し,炎症作用のあるTNF-αは,スタチンもIFN-βもともに低下させる。一方,スタチンはIFN-βと異なり炎症作用のあるIFN-γやIL-12を上昇させ,また抗炎症作用のあるIL-10を低下させることから,スタチンには抗炎症作用と炎症作用の両面が認められることになる。
Zhangら9)の報告では,シンバスタチンは,SOCS3蛋白発現の増加とSTAT1とSTAT3のリン酸化抑止の結果,IL-6とIL-23の産生を抑制し,またIFN-γ,IL-4,IL-27を誘発することを示した。これらの結果は,スタチンが抗炎症作用を有すること,またMSに対する有効な治療薬となる可能性を示唆するとしている。
結局,現段階ではin vitroでのIFN-βとスタチンの干渉する作用や異なる作用は,in vivoではほんの一部しか確認されていない。
まとめ
MSの進行予防としてIFN-βが広く使用されているが,なかには効果が不十分な症例や,投与法が注射となるため皮膚潰瘍の出現などで投与継続困難な症例も認められる。スタチンは,経口摂取の脂質異常症治療薬として,神経内科領域では脳血管障害の予防薬として多くの症例で使用されている。スタチンの抗炎症作用はMSの治療薬としても期待されているが,in vitroでの実験やIFN-βとの併用療法における臨床試験からは,否定的な結果も報告されている。しかし,in vivoでのデータはまだまだ少なく,現時点では治療薬としての有効性は否定も肯定もされていない。また,脂質異常症患者は多く,実際にMS患者のなかで最も多い合併症は脂質異常症であるという報告もあるため,スタチンのMSに対する有効性に関しては今後の研究報告が待たれるところである。
文 献
1)日本神経学会,日本神経免疫学会,日本神経治療学会 監:多発性硬化症治療ガイドライン2010.東京,医学書院,2010
2)Neuhaus O, Strasser-Fuchs S, Fazekas F, et al:Statins as immnomodulators;comparison with interferon-β1b in MS. Neurology 59:990-997, 2002
3)Youssef S, Stüve O, Patarroyo JC, et al:The HMG-CoA reductase inhibitor, atorvastatin, promotes a Th2 bias and reverses paralysis in central nervous system autoimmune disease. Nature 420:78-84, 2002
4)Sena A, Pedrosa R, Graça Morais M:Therapeutic potential of lovastatin in multiple sclerosis. J Neurol 250:754-755, 2003
5)Vollmer T, Key L, Durkalski V, et al:Oral simvastatin treatment in relapsing-remitting multiple sclerosis. Lancet 363:1607-1608, 2004
6)Birnbaum G, Cree B, Altafullah I, et al:Combining β interferon and atorvastatin may increase disease activity in multiple sclerosis. Neurology 71:1390-1395, 2008
7)Rudick RA, Pace A, Rani MR, et al:Effect of statins on clinical and molecular responses to intramuscular interferon β-1a. Neurology 72:1989-1993, 2009
8)Lanzillo R, Orefice G, Quarantelli M, et al:Atorvastatin combined to interferon to verify the efficacy (ACTIVE) in relapsing-remitting active multiple sclerosis patients;a longitudinal controlled trial of combination therapy. Mult Scler 16:450-454, 2010
9)Zhang X, Jin J, Peng X, et al:Simvastatin inhibits IL-17 secretion by targeting multiple IL-17-regulatory cytokines and by inhibiting the expression of IL-17 transcription factor RORC in CD4+ lymphocytes. J Immunol 180:6988-6996, 2008
大阪府立急性期・総合医療センター神経内科医長
青池 太志 Futoshi Aoike
大阪府立急性期・総合医療センター神経内科主任部長
狭間 敬憲 Takanori Hazama