Summary
高齢者において最も高頻度に認める血管病変は,血管中膜の石灰化(メンケベルグ型石灰化)である。メンケベルグ型石灰化は血管内腔の狭窄をきたさないことから臨床的意義の少ない病変と以前は考えられていたが,最近の検討では心血管イベントや末梢動脈閉塞性疾患発症の独立した危険因子であることが明らかとなっている。私たちは,血管平滑筋細胞の老化と血管石灰化の関連を検討した。その結果,血管平滑筋細胞は老化に伴い骨芽細胞様細胞に形質転換し,血管中膜の石灰化を誘導・促進することを見出した。一方,スタチンはRhoキナーゼ阻害作用を介して老化血管平滑筋細胞のアポトーシスを抑制し,さらに石灰化抑制因子の発現を上昇させることで老化血管平滑筋細胞における石灰沈着を抑制することがわかった。今後さらなる検討が必要であるが,スタチンは老化に伴う血管中膜石灰化を抑制・軽減する可能性が高いと考えられる。
Key words
●スタチン ●老化 ●血管平滑筋細胞 ●血管石灰化
はじめに
老化に伴う血管病変の代表は,血管石灰化である。本稿では,血管平滑筋細胞の老化と血管石灰化,そしてそれらに対するスタチンの効能について述べたい。
血管石灰化は心血管イベントの重大な危険因子であるだけでなく,全死亡に対しても有意な相関を示すことが報告されている重要な病態である。血管石灰化は大きく,①血管中膜の石灰化,②粥状内膜の石灰化,③弁膜の石灰化の3つに分類することができる。なかでも,血管中膜の石灰化は高齢者や糖尿病,慢性腎臓病(chronic kidney disease;CKD)患者においてしばしば認められる血管石灰化である。血管中膜の石灰化はメンケベルグ型石灰化としても知られ,血管内腔の狭窄をきたさないことから以前は老化に伴う血管壁の変化(変性)であり,臨床的意義の少ない病変と考えられていた。しかしながら,血管中膜の石灰化は血管スティフネスの増大から収縮期血圧の上昇,拡張期血圧の低下,脈圧の増大,脈波伝播速度(pulse wave velocity;PWV)の上昇を引き起こし,心血管イベントや末梢動脈閉塞性疾患発症の独立した危険因子であることが明らかとなってきた。メンケベルグ型の血管中膜石灰化では,一般的に炎症細胞の浸潤や脂質の蓄積を伴うことは少なく,その形成には血管中膜の主な構成細胞である血管平滑筋細胞が重要な働きをしていると考えられている。
1 血管平滑筋細胞の老化
生殖系細胞を除くほぼすべての細胞は,有限の細胞分裂の後に不可逆性の増殖停止に陥り,細胞機能が変化(低下)することが知られている1)。この現象は複製老化(replicative senescence)と呼ばれ,腫瘍抑制の意義を有するとともに老化の直接的原因の1つと考えられている。生体内において活発に細胞分裂を行わない血管中膜の平滑筋細胞が老化するのか,という点については議論のあるところと思われる。しかし,老齢ラットの血管平滑筋細胞は老化マーカーである老化関連βガラクトシダーゼ活性を示し,細胞周期を停止させるサイクリン依存性キナーゼ阻害因子(cyclin-dependent kinase inhibitor)であるp16遺伝子の発現が上昇していることが報告されている2)。さらに,ヒト大腿動脈より単離した血管平滑筋細胞の増殖能はドナーの年齢が高くなるほど低下し,115歳くらいで完全に増殖能を失うとの予測も報告されており3),血管平滑筋細胞もやはり老化すると考えられる。
2 血管石灰化と骨石灰化関連遺伝子
血管石灰化は血中の余剰なカルシウム・リンが血管壁に受動的に沈着して起こる病態と長年想像されていた。しかし,最近になって血管壁局所に骨特異的と考えられていた石灰化関連遺伝子が発現しており,かつその発現が石灰化病変と相関していることが明らかとなり,血管石灰化は血管壁における石灰化調節因子により積極的に制御されていると考えられるようになった4)。特に,石灰化抑制因子であるマトリックスGla蛋白質(matrix Gla protein;MGP)を遺伝的に欠損させたノックアウトマウスでは,血中のカルシウム・リン濃度は正常であるにも関わらず血管中膜の著しい石灰化をきたし,血管破裂により死亡することが報告されている5)。さらに,この血管中膜石灰化は血管平滑筋細胞特異的にMGPを再発現させることでほぼ完全に抑制できること6)が明らかとなり,血管壁局所における石灰化調節因子が血管石灰化を直接制御していることが証明された。石灰化調節因子による石灰沈着制御機構を簡単に図示する(図1)。
図で示す通り,石灰沈着が起こる際に最も重要な働きをするのは骨芽細胞である。骨芽細胞は,石灰沈着の基質となるⅠ型コラーゲンをはじめとする細胞外基質を大量に分泌し,同時にアルカリホスファターゼ(alkaline phosphatase;ALP)により石灰沈着を抑制するピロリン酸を破壊することで強力に石灰沈着を引き起こす。また,骨芽細胞は骨形成蛋白質(bone morphogenetic protein;BMP)-2の作用により間葉系前駆細胞から分化誘導される。一方,先述したMGPは石灰沈着を直接的に抑制すると同時に,BMP-2による骨芽細胞分化シグナルを阻害することで石灰沈着を抑制する重要な石灰化抑制因子である。
3 血管平滑筋細胞の老化と血管石灰化
私たちは,血管平滑筋細胞の老化が血管石灰化の発症・進展に関与しているかを検討した7)8)。老化血管平滑筋細胞はヒト冠動脈血管平滑筋細胞を長期間培養することで作製し,老化関連βガラクトシダーゼ活性やサイクリン依存性キナーゼ阻害因子のp16,p21遺伝子の発現上昇により細胞老化を確認した。これらの血管平滑筋細胞を高濃度のリン酸を含む培養液で培養して石灰沈着を誘導したところ,老化血管平滑筋細胞では若い血管平滑筋細胞に比べて石灰沈着が著しく増悪していた(図2)。
この結果から,血管平滑筋細胞の老化そのものが血管石灰化の増悪因子であることがわかった。また,この培養条件では若い細胞と老化細胞の間にアポトーシスの差を認めなかったことから,老化による石灰沈着の増悪にはアポトーシス以外の因子が重要であると推察された。
そこで,先述の石灰化調節因子の発現を調べてみたところ,非常に興味深いことに老化血管平滑筋細胞では石灰化抑制因子であるMGPの発現が著明に減少し,骨芽細胞に多く発現するALPやⅠ型コラーゲンの発現が顕著に上昇していることがわかった(図3A)。
次に,ALPやⅠ型コラーゲンの発現上昇が老化血管平滑筋細胞の石灰沈着増悪に重要かどうかを検討した。siRNAを用いてALPおよびⅠ型コラーゲンの発現をノックダウンすると,老化血管平滑筋細胞における石灰沈着は有意に減少した(図3B)。
以上の結果から,血管平滑筋細胞は老化に伴い骨芽細胞様の形質を獲得し,その結果,血管中膜の石灰化を誘導・促進すると考えられる(図4)。
また,私たちは老化血管内皮細胞を用いて同様の検討を行ったが,血管内皮細胞では老化に伴いMGPの発現は逆に上昇し,ALPやⅠ型コラーゲンの発現は変化しなかった。このことから,老化に伴う骨芽細胞様形質の獲得は血管平滑筋細胞で特異的に認められる現象と考えられた。
4 血管平滑筋細胞の老化・血管石灰化とスタチン
スタチンは,血管石灰化を抑制・改善する可能性を有する数少ない薬剤の1つである9)-12)。そこで私たちは,スタチン(フルバスタチン)が老化血管平滑筋細胞における石灰沈着を抑制できるか検討した。また,スタチンの多面的作用のメカニズムとしてRhoキナーゼ阻害作用がよく知られているため,Rhoキナーゼ阻害薬であるY27632の効果も同時に検討した。その結果,フルバスタチン,Y27632は同程度に老化血管平滑筋細胞における石灰沈着を抑制することがわかった(図5A)。
フルバスタチン,Y27632の石灰沈着抑制効果は若い血管平滑筋細胞でも同様に認められたが,石灰沈着の減少は老化血管平滑筋細胞でより顕著であった。そのメカニズムとして,アポトーシス抑制作用のほかにフルバスタチン,Y27632は老化血管平滑筋細胞中のMGP発現を2~3倍に上昇させることがわかった(図5B)。
以上の結果から,スタチンはおそらくRhoキナーゼ阻害作用を介して老化血管平滑筋細胞のアポトーシスを抑制し,かつ石灰化抑制因子であるMGPの発現を上昇させることにより石灰沈着を減少させることがわかった。
おわりに
本稿で示した老化血管平滑筋細胞におけるスタチンの石灰沈着抑制効果は,老化に伴う血管中膜石灰化の抑制にスタチンが有用である可能性を示唆している。しかし,スタチンの血管石灰化抑制効果については否定的な報告もあり13),引き続き基礎的・臨床的な検討を行う必要があると思われる。
文 献
1)Faragher RG, Kipling D:How might replicative senescence contribute to human ageing? Bioessays 20:985-991, 1998
2)Yang D, McCrann DJ, Nguyen H, et al:Increased polyploidy in aortic vascular smooth muscle cells during aging is marked by cellular senescence. Aging Cell 6:257-260, 2007
3)Ruiz-Torres A, Gimeno A, Melón J, et al:Age-related loss of proliferative activity of human vascular smooth muscle cells in culture. Mech Ageing Dev 110:49-55, 1999
4)Shanahan CM, Cary NR, Salisbury JR, et al:Medial localization of mineralization-regulating proteins in association with M nckeberg's sclerosis;evidence for smooth muscle cell-mediated vascular calcification. Circulation 100:2168-2176, 1999
5)Luo G, Ducy P, McKee MD, et al:Spontaneous calcification of arteries and cartilage in mice lacking matrix GLA protein. Nature 386:78-81, 1997
6)Murshed M, Schinke T, McKee MD, et al:Extracellular matrix mineralization is regulated locally;different roles of two gla-containing proteins. J Cell Biol 165:625-630, 2004
7)Nakano-Kurimoto R, Ikeda K, Uraoka M, et al:Replicative senescence of vascular smooth muscle cells enhances the calcification through initiating the osteoblastic transition. Am J Physiol Heart Circ Physiol 297:H1673-H1684, 2009
8)Burton DG, Matsubara H, Ikeda K:Pathophysiology of vascular calcification;pivotal role of cellular senescence in vascular smooth muscle cells. Exp Gerontol 45:819-824, 2010
9)Shavelle DM, Takasu J, Budoff MJ, et al:HMG CoA reductase inhibitor (statin) and aortic valve calcium. Lancet 359:1125-1126, 2002
10)Callister TQ, Raggi P, Cooil B, et al:Effect of HMG-CoA reductase inhibitors on coronary artery disease as assessed by electron-beam computed tomography. N Engl J Med 339:1972-1978, 1998
11)Achenbach S, Ropers D, Pohle K, et al:Influence of lipid-lowering therapy on the progression of coronary artery calcification;a prospective evaluation. Circulation 106:1077-1082, 2002
12)Son BK, Kozaki K, Iijima K, et al:Statins protect human aortic smooth muscle cells from inorganic phosphate-induced calcification by restoring Gas6-Axl survival pathway. Circ Res 98:1024-1031, 2006
13)Terry JG, Carr JJ, Kouba EO, et al:Effect of simvastatin (80mg) on coronary and abdominal aortic arterial calcium (from the coronary artery calcification treatment with zocor[CATZ]study). Am J Cardiol 99:1714-1717, 2007
京都府立医科大学循環器内科助教
池田 宏二 Koji Ikeda
京都府立医科大学循環器内科
栗本 律子 Ritsuko Kurimoto
京都府立医科大学循環器内科教授
松原 弘明 Hiroaki Matsubara