Summary
胸腹部大動脈瘤に対する従来の人工血管置換術は,胸部,腹部の両方での手術操作が必要であり,また腹部主要分枝の再建が必要であることから,周術期の合併症のリスクが大きく,手術死亡率も高い。胸部大動脈瘤,腎動脈下腹部大動脈瘤に対するステントグラフト治療が普及し,デバイスが発達してきている現在,胸腹部大動脈瘤に対してもステントグラフトを用いてより低侵襲な治療を目指す試みがなされている。方法としては,腹部主要分枝に対し外科的に非解剖学的な血行再建術を行った後に通常の胸部・腹部大動脈用のステントグラフトを留置するhybrid治療と,開窓型あるいは側枝付きステントグラフトを使用して血管内治療のみで治療を完遂する方法とがある。いずれの方法も,現在なお発展途上にあるが,良好な成績も報告されてきている。
Key words
●胸腹部大動脈瘤 ●ステントグラフト ●hybrid治療
はじめに
近年のデバイスの開発,改良に伴い,動脈瘤に対するステントグラフトを用いた血管内治療は,本邦でも急速に普及しつつある。特に,胸部下行大動脈,腎動脈下腹部大動脈,腸骨動脈領域での動脈瘤に対するステントグラフト治療では,安定した成績が得られている。一方,大動脈の主要分枝の再建が不可欠である弓部大動脈瘤,胸腹部大動脈瘤,傍腎動脈腹部大動脈瘤に対するステントグラフト内挿術については,さまざまな工夫が考案されているものの標準的な手技として確立されるには至っていない。
胸腹部大動脈瘤に対するステントグラフト治療では,腹部大動脈の主要四分枝(腹腔動脈,上腸間膜動脈,両側腎動脈)への血行を確保したうえで,瘤をexclusionする必要がある。現在一般的に行われている方法としては,①外科的に大動脈分枝へのバイパス手術を行ったうえでステントグラフト内挿術を施行する方法(hybrid治療),②開窓型あるいは側枝付きステントグラフトを使用して血管内治療のみで治療を完遂する方法の2通りがある。
1 Hybrid治療
腹腔動脈,上腸間膜動脈,両側腎動脈のすべて,あるいは一部にバイパス術を施行し,landing zoneを確保したうえでステントグラフトを内挿する。バイパスには,通常は人工血管を使用し,開腹下に腹部大動脈末端部,あるいは腸骨動脈から逆行性に血行再建を行う1)-3)。症例に応じて,バイパス術とステントグラフト内挿術を一期的に施行するか,分割して施行するかを判断する。
【症例1】
74歳,男性。
23年前に脳出血を発症,以後片麻痺,運動性失語がある。10年以上前から胸腹部大動脈瘤を指摘され経過観察されていたが,徐々に拡大傾向にあり,加療目的で入院となった。術前のCTでは,下行大動脈から大動脈分岐部にかけての解離性動脈瘤を認める(図1)。
本症例では,患者の全身状態,および手術の侵襲度を考慮し,腹部分枝へのバイパス術とステントグラフト内挿術を分割して施行する方針とした。
初回手術では,開腹下に右外腸骨動脈から右腎動脈および上腸間膜動脈に,左外腸骨動脈から左腎動脈および腹腔動脈に,それぞれ人工血管を用いて非解剖学的バイパス術を施行した。両腎動脈はそれぞれ離断したうえで人工血管と端々吻合し,腹腔動脈および上腸間膜動脈は人工血管と端側吻合したうえで,吻合部より大動脈側は結紮した。初回手術の9日後,両側大腿動脈からのアプローチでGore Excluder,およびGore TAGを一部重ねて留置した。術後,下腸間膜動脈および腰動脈からのtype Ⅱエンドリークを認めたものの,経過は良好であった(図2)。
2 開窓型あるいは側枝付きステントグラフト内挿術
腹部主要四分枝のすべて,あるいは一部に対応して,ステントグラフトmain bodyに開窓部やステントグラフト分枝を作製しておく。デバイスは,治療前のCT画像をもとに,あらかじめ作製する。通常は,片側の大腿動脈からmain bodyを挿入し,対側の大腿動脈からmain bodyの内部を通して開窓部,あるいは側枝にカニュレーションし,腹部主要分枝へそれぞれの動脈径に合わせたcovered stentを留置する。必要があれば,腹部主要分枝へのcovered stentとステントグラフトmain bodyの留置に続いて,通常の腹部大動脈瘤と同様に腸骨動脈までステントグラフトを追加で留置する2)4)。
【症例2】
65歳,男性。
10年前に冠動脈狭窄に対して経皮的冠動脈形成術,腹部大動脈瘤に対して人工血管置換術を施行。5年前に下行大動脈瘤に対して人工血管置換術を施行,さらにその2年後に末梢側に残存する下行大動脈瘤に対して追加で人工血管置換術を施行されている。経過中,下行大動脈と腹部大動脈それぞれの人工血管の間の胸腹部大動脈が瘤化してきたため,加療目的に入院となった。術前のCTでは,下行大動脈の人工血管末梢側吻合部から腎動脈上までの動脈瘤を認める(図3)。
手術では,両側総大腿動脈を露出,右側から開窓型ステントグラフトのmain body(Zenith fenestrated device)を挿入した。右腎動脈に対しては左総大腿動脈から,腹腔動脈,上腸間膜動脈,左腎動脈に対しては左上腕動脈から,それぞれガイディングシースを挿入してcovered stentを留置した。Main body末梢端は,腹部の人工血管にlandingするかたちとなった。Main body中枢側と胸部の人工血管との間には,Gore TAGを留置し,下行大動脈と腹部大動脈の両人工血管の間をステントグラフトでつなぐかたちとした。本症例では左胃動脈が直接大動脈から分岐しており,術後のCTでは同動脈からのtype Ⅱエンドリークを認めたが,対麻痺などの合併症もなく経過は良好であった(図4)。
3 各治療法の比較
胸腹部大動脈瘤に対する従来の外科的治療は,術中に腹腔内臓器の血流を確保するために何らかの補助循環を必要とし,また複数の大動脈分枝を再建しなくてはならないため侵襲が大きく,術後合併症のリスクが高い。術前から動脈硬化性の他疾患を合併していたり他部位の動脈瘤の術後であるケースも多く,このような例では特に手術成績は不良である。胸腹部大動脈瘤に対するステントグラフトを用いた治療は,従来の人工血管置換術に比べ侵襲度が低く,手術成績の向上に寄与することが期待されている。しかし,現時点ではまだ課題も多く,一般的な治療法として普及するには至っていない。
腹部主要分枝の非解剖学的血行再建とステントグラフト内挿術を組み合わせたhybrid治療は,開腹操作は伴うものの胸部に外科的侵襲を加える必要がなく,また補助循環を必要としないことから,従来の人工血管置換術では耐術困難と判断される症例に対しても治療の可能性を広げられると期待される。Hybrid治療の周術期の死亡率は,2~3%と従来の手術に比べ格段に良好な成績が報告されている一方で3)5),15~20%以上と従来の手術に比べて変わらないとする報告もある1)2)6)。また,腹部主要分枝の血流が腹部大動脈末端部,あるいは腸骨動脈からの逆行性バイパスで供給されるため,長期的にはグラフト閉塞による腹腔内臓器の重篤な血流障害が危惧される。しかし現時点では,手術リスクが大きく治療手段が限られる症例においては有用な治療法であると評価する意見が多い1)-3)5)。
一方,開窓型あるいは側枝付きステントグラフトを用いた血管内治療のみで完遂させる方法については,デバイス,手技ともに現在も発展途上にあり,一般的な治療法としては確立していない。症例に応じて開窓部や側枝を正確に作製する必要があり,その位置がわずかにずれるだけで修復困難なエンドリークが生じる可能性がある。また,大腿動脈や上腕動脈からステントグラフト開窓部を通して腹部大動脈分枝にカニュレーションするには,高度な技術と高画質の透視機器が必要である。現在,本邦で使用されている開窓型あるいは側枝付きステントグラフトのほとんどはZenith fenestrated deviceであり,Cook社に依頼して海外の工場で製作されている。そのため,発注してからデバイスを使用できるまで少なくとも2ヵ月の時間が必要であり,緊急で治療が必要な症例については対応が困難である。また,本邦では本デバイスの保険適応が認められていないため,治療コストの面でも問題がある。しかし,やはり開胸,開腹ともに不必要な本治療法のメリットは大きく,症例によっては3~4時間程度の手術で治療が完結するため,今後のデバイスの改良に伴いさらなる普及が期待される。
おわりに
胸腹部大動脈瘤に対するより低侵襲な治療として,hybrid治療と開窓型あるいは側枝付きステントグラフトを用いた血管内治療が開発された。現時点では本邦で施行している施設は限られており,その治療成績も満足のいくものではないが,今後の手術手技の工夫,デバイスの改良に伴い,これらの治療法の成績向上,さらなる普及につながることが期待される。
文 献
1)Biasi L, Ali T, Loosemore T, et al:Hybrid repair of complex thoracoabdominal aortic aneurysms using applied endovascular strategies combined with visceral and renal revascularization. J Thorac Cardiovasc Surg 138:1331-1338, 2009
2)Riga CV, Bicknell CD, Cheshire NJ:Hybrid and endovascular therapy for extensive thoracoabdominal aortic disease. J Thorac Cardiovasc Surg 140 (Suppl.):S168-S170, 2010
3)Kuratani T, Kato M, Shirakawa Y, et al:Long-term results of hybrid endovascular repair for thoraco-abdominal aortic aneurysms. Eur J Cardiothorac Surg 38:299-304, 2010
4)Greenberg R, Eagleton M, Mastracci T:Branched endografts for thoracoabdominal aneurysms. J Thorac Cardiovasc Surg 140 (Suppl.):S171-S178, 2010
5)Patel HJ, Upchurch GR Jr, Eliason JL, et al:Hybrid debranching with endovascular repair for thoracoabdominal aneurysms;a comparison with open repair. Ann Thorac Surg 89:1475-1481, 2010
6)Patel R, Conrad MF, Paruchuri V, et al:Thoracoabdominal aneurysm repair;hybrid versus open repair. J Vasc Surg 50:15-22, 2009
東京大学大学院医学系研究科外科学専攻血管外科学助教
保坂晃弘 Akihiro Hosaka