Summary

 胸部大動脈瘤に対するステントグラフト治療は,そのデバイスの薬事承認以来急速に普及したが,デバイス・システムの特性,利点,欠点が理解されないまま使用されているケースが目立つ。また,デバイスの解剖学的適応を満たしていてもメーカーが想定していない形状にデバイスが留置されてしまう場合もあり,さらにIFU外でデバイスを使用する際には思わぬ落とし穴,合併症にも遭遇するため,使用するわれわれがその問題点を共有する必要もある。胸部で用いる各デバイスの仕様とその使用方法,合併症についてやや細かく説明する。


Key words

●ステントグラフト ●TEVAR ●Bird beak ●debranching ●横断脊髄麻痺



はじめに

 胸部大動脈用企業製造ステントグラフトが薬事承認され(2008年3月),はや3年が経過する。従来の胸部大動脈手術が体外循環を必須とする高侵襲治療であるため,この低侵襲治療は大きな期待をもって迎えられた。しかし,その低侵襲性が強調されるがあまり,リスクの高い患者に無理を押して使用されることも目立ち,それがかえって予後を悪くしている状況が認められる。デバイスの特性を十分に理解した,その適正使用について説明する。


1 各デバイスの仕様

1.Gore社製「TAG」の仕様(表1)



 Gore社製TAGは,ナイチノール製セルフエクスパンダブルステントとGoretexグラフト(ePTFEグラフト)にて構成されたステントグラフトである。両端部分にエンドリーク防止用のSealing Cuffが取り付けられている。グラフト中央の屈曲対応は良好であるが,両端の3.5cmは屈曲しない構造になっている。Active fixationのフックはない。挿入システムは,ステントグラフトがPTFE製のwrappingシートに圧縮・格納され,カテーテル先端に固定されている。このデバイス付きカテーテルを腹部大動脈内に挿入したシース(20~24Fr)に通し,胸部大動脈に挿入する。デバイスの留置は,wrappingシートに付いたdeployment line(PTFE糸)を手元で引き抜くことにより,グラフト中央部分から瞬時に自己拡張する。



2.Medtronic社製「Talent」の仕様(表1)

 Medtronic社製Talentは,ナイチノール製セルフエクスパンダブルステントとモノフィラメントウーブンポリエステルグラフトからなる。プロキシマル用デバイス(中枢→末梢へ4mmテーパー)とディスタル用デバイスが用意されている。プロキシマル用デバイスの中枢端は,ステントの8割がグラフトから顔を出すかたちになっており,屈曲部に留置した際の小弯側のBird beakを防ぐために貢献している。ただし,グラフトの長軸方向への屈曲耐応能は悪く,屈曲部に留置した場合,両端大弯側に応力集中がある。また,グラフト先端,末端に固定用の装置が取り付けられていないため,グラフト挿入時に思わぬかたちで挿入される場合もあり,migration,大動脈壁の損傷,大動脈解離の発生の報告が多い。



3.Cook社製「TX2」の仕様(表1)

 Zenith TX2は,ステンレス製セルフエクスパンダブルステントとウーブンポリエステルグラフトからなる。グラフトはプロキシマル用デバイスとディスタル用デバイスが準備されており,プロキシマル用デバイスには末梢径が中枢径よりも4mm細いテーパー型デバイスもある。また,プロキシマル用デバイス・シーリング部分にはactive fixation用のバーブが備わっている。

 ディスタル用デバイスの末端にはベアステントが取り付けられており,正確なポジショニング,および中枢方向へのmigration防止に威力を発揮する。

 グラフトは,20~22Frの親水性コーティング付シースに収納され両端がトリガーワイヤーシステムにより固定されているため,正確な位置に留置できる。



2 治療方法総論

1.術前計測ならびにプラニング

 MDCTによるthin sliceのaxial像ならびにMIP画像,さらに画像解析ワークステーションを用いた3D画像,大動脈走行に直行するかたちのaortic cross sectional imageなどを用いて画像解析・治療計画を立てる。

 図1に,Gore社製TAGの解剖学的適応基準を示す。


瘤中枢側と瘤末梢側にはデバイスにより多少の違いがあるが,20~25mm以上のLanding zoneが必要である。この20~25mmのLanding zoneにおいては,使用するステントグラフトがきっちりと大動脈壁に接合する必要があり,何らかの理由(屈曲やアテロームプラーク,石灰化など)でこの接合が悪くなると,グラフトのパフォーマンスは著しく低下する。このため,瘤の中枢,末梢のSealing zoneは屈曲部には置かないことが原則となっている。


2.グラフト選択(図2)



 現在,本邦で使用されているTAGは,そのLanding zone付近に強い屈曲が存在すると小弯側の接合が甘くなり,同部分が浮いて(Bird beak),typeⅠエンドリークの原因となる。必要に応じてdebranchingを施行し,20mm以上のLanding zone,35mm以上のstraight zoneを得る必要がある。さらに,TAGは中枢側のover size(IFU外)がenfolding(グラフトの一部が内側にたわんで留置されること)の原因となるため注意を要する。以上の注意点に留意すれば,TAGは解離を含めた上行-下行大動脈全領域に使用できる。

 Talentは,グラフト先端にベアステントが存在するためTAGの遠位弓部への留置で発生するBird beakが起こりにくい利点がある。グラフト先端部分から屈曲の起始部までは25mm程度とTAGに比し短い。ただし,先端ベア部分のhoop strengthは強すぎ,また長軸方向への屈曲対応も不良であるため,この大弯側大動脈壁へのストレスは計りしれない。解離症例への使用は控えるべきである。

 TX2は,先端にベアステントはないが,グラフト先端から17~21mmのポイントからグラフトが屈曲可能である。ただし,現在本邦に導入されているデバイスは,この先端のsealing stentと後続のステント間での屈曲が得られにくいtypeのもので,早期のPro-form導入が望まれる。現在のデバイスでは,40mm程度のstraight zoneが必要と考えられる。Celiac直上までの瘤もLanding zone(celiac近傍)近くに(横隔膜直上の)屈曲が存在することが多いため,デバイス選択に関し注意が必要である。現在のTAG,Talentをceliac近傍に留置すると,グラフト小弯側が浮いて修復不能のエンドリークが発生する場合がある。TX2のディスタル用デバイスのように,ディスタルにベアステントの付いたデバイスのほうが安定感が高い。



3.アクセス

 グラフトサイズにより使用シースが異なるが,20~24Frシースを用いる。おおむね大腿動脈を露出してのアプローチとなるが,22Fr以上のシースでは大腿動脈からの挿入が不可能な場合があり,このような場合は下腹部切開,後腹膜アプローチなどにて総腸骨動脈アプローチ,あるいは大動脈アプローチとなる。ガイドワイヤーは,腹部で用いるものよりさらに硬めのワイヤー(Lunderquist wire,AUS wire)を用いることが多い。また,弓部までデバイスを挿入する場合は,このワイヤーを挿入する際に弓部形状に合わせ,プレシェイプ(カーブ)を付けて挿入する(あるいはLunderquist double curveを用いる)。Stiff wireにても克服困難な屈曲や解離治療の際の内膜損傷の危険がある場合は,pull-through wireを用いる。上腕動脈-大腿動脈間が通常であるが,弓部の小弯側にデバイスを沿わせたい場合や上行大動脈までpull-through wireでデバイスを挿入したい場合は,ブロッケンブロー法を用いて大腿静脈-心房中隔-大動脈-大腿動脈間にワイヤーを通すのも一方法である。また,これらのpull-through wireには,ワイヤーのみでなくカテーテルでcoverして大動脈壁への損傷をできるだけ防ぐように工夫する。



4.ステントグラフト留置

(1)TAG留置の際の注意点

 屈曲部では,ワイヤーをたわませてデバイスが大弯側を通る形状にしてdeployすると,グラフトの移動,短縮が起こりにくい。遠位弓部大動脈瘤に対するdebranching+TAGに関するコツを図3,4を用いて説明する。




(2)Talent留置の際の注意点

 現在,固定用の装置がなく,シースを引くとそのままデバイスがdeployされるため,デバイスのmalpositioningが起こりやすく,特に屈曲部,大口径デバイスの留置には注意が必要である。数cm中枢からdeployし始めて,途中で少し末梢側に引っ張ってずらしながら位置合わせして,速やかに全体をdeployする。

(3)TX2留置の際の注意点

 デバイスを支えるプッシャーを固定したままシースを抜くことで,デバイスが留置される。デバイスが中枢・末梢部でシステムに固定されており,正確な位置へのLandingが可能である。



5.バルーン圧着

 真性瘤においては中枢,末梢のLanding部にバルーンによる圧着を行う。基本はGore社製3葉バルーン(Tri-Lobe Balloon)を用いる。バルーン圧着時,大動脈血流を障害しないように工夫されているが,反対に圧着力が弱くなる欠点がある。さらに強い圧着が必要な場合は,3気圧程度の耐圧があるcompliant balloonを用いる(Coda balloon,Reliant balloon,Rock balloon(S))。これらの大動脈閉塞をきたすバルーンにて圧着する場合,下大静脈をバルーンocclusionするか,RV rapid pacing(180~200/分)にて心拍出量ならびに血圧(blood pressure;BP)をコントロールしながら施行する。解離症例においては,基本的にバルーン圧着は行わない。ただし,非解離部へのLandingにおいては,軽くこれを行う場合がある。



6.周術期管理

(1)麻 酔

 麻酔は,通常全身麻酔で行うことが多い。外科手術の要素が少ない場合(弓部分枝バイパスなどを伴わない場合)は,ラリンゲルマスク麻酔でもよい。もちろん,局麻,腰麻,硬麻でも治療は可能であるが,術中にDSAを用い,またデバイス留置時やバルーン圧着時にBPを低下させることもあるため,呼吸を含めた静止が確実に得られるかどうかが問題となる。また,腰麻,硬麻の場合,脊髄神経障害の診断が遅れる可能性があり,注意すべきである。

(2)脊髄神経合併症予防

 胸部下行大動脈瘤,ならびに胸腹部大動脈瘤の血管内治療を行う場合,術前,術中,術後を通し,最も注意しなければならない合併症は脊髄神経障害である。以下に,その予防法を記す。

●術前のリスク評価

(以下の項目を脊髄神経障害発症のリスクとして,2つ以上備わる場合はハイリスクと評価する)


 ①胸部大動脈瘤ステントグラフト内挿術(thoracic endovascular aneurysm repair;TEVAR)の移植範囲が広範囲にわたる場合(Th8-L1の範囲の4椎体以上,または下行大動脈ステントグラフト留置長>25cm)。


 ②以前の大動脈瘤手術(治療)などにて腰動脈・肋間動脈などがすでに閉塞している場合。


 ③左右鎖骨下動脈,椎骨動脈,左右内腸骨動脈の閉塞。


 この術前評価にてハイリスクと認識される場合,術前にスパイナルドレナージを施行し,術中,術後を通し,10cmH₂O以上にてドレナージする。また,リスクが存在する場合は以下の点に注意する。

●術中注意点

 ①オピオイド使用を最小限に。また,可能なかぎり早期覚醒が得られる麻酔で。


 ②ステントグラフト移植後・BP(mean)>80mmHg。


 ③出血性ショックを含めた血圧変動を減らす。


●術後の注意事項

 ①1時間ごとの下肢運動機能評価。

 ②動脈平均血圧>80mmHgを維持。



3 治療方法各論

 それぞれの疾患に対するステントグラフト治療の適応は,表2に記す。



1.下行大動脈瘤の治療方法

 近位下行瘤(本邦では,遠位弓部大動脈瘤として分類される場合が多い)の治療を行う際には,意図的に左鎖骨下動脈をcoverすることも多い(Zone 2 Landing)。左鎖骨下動脈をcoverする症例では,脳梗塞,脊髄神経障害の合併症が多いことが指摘されている1)-5)。また,左頸動脈ならびに右椎骨動脈の開存状態ならびに左右椎骨動脈が脳底動脈レベルで交通していることを確認するべきであり,対側からの回り込み,あるいは同側からの後交通枝を通っての血流が認められない症例,さらに左鎖骨下動脈が冠動脈バイパスのドナー血管となっている症例においては,左鎖骨下動脈へのバイパスが必須である。

 また,腹腔動脈をcoverしてステントグラフトを留置する際も,大部分の症例において上腸間膜動脈を経由した側副血行で腹腔動脈が灌流されるため腹部臓器・消化管血流に支障をきたすことは少ないが,左鎖骨下動脈のcoverと同様,脊髄神経障害の発生率が上昇するとの報告が多い6)-9)。


2.弓部大動脈瘤の場合

 動脈瘤が遠位弓部に存在する場合は,その計測が複雑となる。通常のaxial画像,MIP画像,3D画像に加え,aortic cross sectional image(血流方向に直交する大動脈断面像)を作製し,瘤の起始部の位置決めをする。この瘤起始部より中枢側に20mmのLandingを決める。このLanding zone内に弓部分枝起始部がかかる場合は,これらの弓部分枝にdebranching(extra-anatomical bypassにて血流を確保し,根部を閉鎖)を予定する。さらに,この遠位弓部へのステントグラフト留置に際し考慮しなければならないのは,デバイスの留置角度である。弓部の角度とデバイス(シース)の角度がパラレルになる状況でdeployすることで,小弯側の接合不良(Bird beak)が予防できる。


3.解離の場合

 Aortic cross sectional imageにおいてLanding部の真腔周径を計測し,真腔周径をπで除して真腔径とする。発症後半年~1年以上経過する慢性解離の場合は内膜の可塑性がないと考え,真腔径の100~110%をデバイスの径とする。発症~1年以内の場合は内膜に可塑性が残ると考え,真腔径の100~120%をデバイス径とする。中枢と末梢に20%以上もの口径差がある場合はtapered graftを用いるか,小口径のグラフトから大口径のグラフトを積み上げるかたちとなる。



まとめ

 胸部大動脈瘤に対するステントグラフト治療は,そのデバイスを含め,現在発展途上にある。臨床現場においては,現在使用できるデバイスの仕様,システムを十分に理解し,綿密なプランニングを立て,意図した形状・位置にステントグラフトを留置できるよう工夫を怠ってはならない。さらに,今後新しいデバイスの導入とともに,この領域の治療は改良・改善が繰り返されるであろうが,反対にさらに複雑化することも予想される。外科手術治療との比較を含めて,適応,プランニング,技術習得を細かく考えていく必要がある。ステントグラフト治療が動脈瘤患者によりよい治療となっていくことを期待する。


文 献

1)Svensson LG, Antunes MD, Kinsley RH:Traumatic rupture of the thoracic aorta. A report of 14 cases and a review of the literature. S Afr Med J 67:853-857, 1985

2)Katz NM, Blackstone EH, Kirklin JW, et al:Incremental risk factors for spinal cord injury following operation for acute traumatic aortic transection. J Thorac Cardiovasc Surg 81:669-674, 1981

3)Verdant A, Page A, Cossette R, et al:Surgery of the descending thoracic aorta;spinal cord protection with the Gott shunt. Ann Thorac Surg 46:147-154, 1988

4)Hilgenberg AD, Logan DL, Akins CW, et al: Blunt injuries of the thoracic aorta. Ann Thorac Surg 53:233-238, 1992

5)Pate JW, Fabian TC, Walker WA:Acute traumatic rupture of the aortic isthmus;repair with cardiopulmonary bypass. Ann Thorac Surg 59:90-98, 1995

6)Vaddineni SK, Taylor SM, Patterson MA, et al:Outcome after celiac artery coverage during endovascular thoracic aortic aneurysm repair;preliminary results. J Vasc Surg 45:467-471, 2007

7)Leon LR Jr, Mills JL Sr, Jordan W, et al:The risks of celiac artery coverage during endoluminal repair of thoracic and thoracoabdominal aortic aneurysms. Vasc Endovascular Surg 43:51-60, 2009

8)Falkenberg M, Lönn L, Schroeder T, et al:TEVAR and covering the celiac artery. Is it safe or not? J Cardiovasc Surg(Torino)51:177-182, 2010

9)Hyhlik-Dürr A, Geisb sch P, von Tengg-Kobligk H, et al:Intentional overstenting of the celiac trunk during thoracic endovascular aortic repair;preoperative role of multislice CT angiography. J Endovasc Ther 16:48-54, 2009


森之宮病院心臓血管外科部長

加藤 雅明 Masaaki Kato