はじめに
最近,重症心不全治療の解決策として新しい再生型治療法の展開が不可欠と考えられており,すでに自己骨格筋筋芽細胞による臨床応用が欧米で開始されている。われわれも,自己骨格筋筋芽細胞と骨髄単核球細胞移植を併用すると,単独より心機能改善効果が高いことを証明し,大阪大学医学部附属病院未来医療センターにおいて臨床研究を進めている。さらにわれわれは,温度応答性培養皿を用いた細胞シート工学の技術により細胞間接合を保持した細胞シート作製技術を開発し,従来法であるneedle injection法と比較して組織,心機能改善効果が高いことを証明した。これらの結果をもとに,骨格筋筋芽細胞シート移植による心筋再生治療の臨床研究も同センターにて開始した。
本稿では,今注目を集めている人工多能性幹細胞(induced pluripotent stem cell;iPS細胞)を用いた心筋再生治療を含めて,末期心不全患者への心筋再生治療の現状と将来について概説する。
自己筋芽細胞による心筋再生治療
骨髄細胞は今日の細胞移植治療において最も注目され,すでにその利便性から早期の臨床応用が開始され,現在までに多くの報告がなされている1)2)。これら臨床治験では,治療としての安全性とともに可能性には一定の評価が得られ,効果としては症状の改善,心筋組織への血液灌流改善が認められている。特に,最近REPAIR-AMIと呼ばれるドイツの多施設臨床試験で,急性心筋梗塞患者に対する骨髄細胞冠動脈注入が術後心機能を有意に改善させることを明らかにし,骨髄細胞の有用性がEBMとして証明された3)。しかし,骨髄から採取した細胞中,心筋細胞に分化しうる細胞は0.02%程度であり,現段階では骨髄細胞移植による治療効果は細胞からの血管新生因子などの分泌(paracrine effect)における局所部位の血液灌流改善が本体であると考えるのが妥当と思われる。
一方,近年,骨格筋由来細胞を細胞移植に用いる研究が盛んに行われ,細胞移植において臨床応用可能な細胞源として注目を集めてきた。最近ヨーロッパでは,Menaschéの臨床試験の流れを汲んでGenzyme社とメドトロニック社が100例以上の大規模試験を行った。これがMAGIC(Myoblast Autologous Grafting in Ischemic Cardiomyopathy)と呼ばれる臨床試験で,ランダム割り付け,プラセボ対照,二重盲検,多施設(欧州の24施設)で97例を対象に行われた。一次エンドポイントである心臓の局所壁運動(細胞注入場所),心臓全般の機能において細胞移植群のプラセボ群を凌ぐ有効性が認められなかったため試験は早期に終了し,見直しの段階のようである。一方,アリゾナハートセンターのDr.Dibらは米国食品医薬品局(FDA)の承認のもとPhaseⅡ臨床試験を開始しつつあり,その結果が期待されている。本邦においては,大阪大学で世界的にも初めてとなる自己筋芽細胞と骨髄細胞を併用する再生治療法を4例の虚血性心筋症患者に補助人工心臓下に施行し,心機能の回復と脳性ナトリウム利尿ペプチド(brain natriuretic peptide;BNP)値の低下を確認した。一方,経過中に致死的な不整脈の発生は認めていない。
重症拡張型心筋症患者に対する自己筋芽細胞シート移植
一方,従来の一般的な細胞移植方法としてのdirect needle injection法は,移植作業中の細胞損失,注入局所における炎症反応の惹起,移植範囲の限局などの問題点があり,心筋細胞を心臓へ効率よく移植し生着させるためには細胞移植技術も重要となる4)。
Shimizuらは,上述の温度応答性培養皿から温度降下処理のみで回収した細胞シートを積層化することで,スキャフォールドを用いないで3次元組織を構築することを可能にした(図1)。
ヌードラットの皮下に3層の心筋細胞シートを積層し10回移植を行うと,積層化した心筋細胞シートはin vitroで1年以上拍動を維持し,心筋梗塞部に移植すると心機能を改善することも報告されている。
われわれは,この細胞シート化技術を用いて自己筋芽細胞シートを作製し,細胞移植を行い心機能改善効果について検討を重ね,リモデリングを抑制することを明らかにした(図2)。
ラット心筋梗塞モデルに対しての検討では心機能が有意に改善し,移植した心筋内の肝細胞増殖因子(hepatocyte growth factor;HGF)や血管内皮増殖因子(vascular endothelial growth factor;VEGF)の発現が上昇していた。さらには,骨髄由来幹細胞に対するケモカインであるストローマ細胞由来因子(stromal cell-derived factor;SDF)-1やその受容体も高値であることが判明した5)。さらに,これらの幹細胞由来の因子であるc-kitやSca-1陽性細胞が多数集積していることがわかった。このように,自己筋芽細胞シート移植により直接的なgirdling effectに加え,増殖因子やケモカインが関与し,幹細胞をも誘導することによって自己修復機転が心機能改善に関与するのではないかということが示唆された。心筋症ハムスターにおいても自己筋芽細胞シートによる再生治療は注入療法に比し,その寿命を延長した6)。
症例提示:自己筋芽細胞シートによるLVAS離脱症例
2006年7月に倫理委員会の承認を得て,左室補助人工心臓(left ventricular assist artificial heart;LVAS)を必要とするような末期的拡張型心筋症患者に対する自己筋芽細胞シート移植を計画し(図3),2007年5月に第1例目に対しての臨床試験を開始した。
患者は55歳の男性で,2004年より心拡大を指摘されていたが,2006年に心不全が増悪し,LVASを装着した。しかし,自己心機能の回復がLVASを離脱するほどには及ばず,本人の同意のもと,臨床試験に登録し治療を開始するに至った。2007年3月に大腿部より筋肉を採取し,約1ヵ月間の培養後,凍結,同年5月に再培養・シート化して,開胸下に細胞移植を行った。その後の患者の心機能はLVASを離脱できるほどに回復してBNP値も正常化し,同年9月にLVASから離脱,12月には退院となった。細胞シート移植後において,致死的不整脈を含む合併症は発生しなかった。2011年1月現在も心不全の再発を認めていない。以後,3例の患者に同様の治療法を実施した。今後,これらの症例で安全性および有効性を検討する予定である。
iPS細胞への期待
シート化する細胞源として,筋芽細胞ではresponderは限られてくる。この治療効果のメカニズムは,あくまでも筋芽細胞から分泌される成長因子などの影響が大きく,自己の組織修復能を賦活化し,心機能が改善したと推測される。失われた心筋組織を修復・再生するためには,やはり心筋細胞を補充することが必要で,これこそ“真”の心筋再生治療と呼べるのではないかと考える。
われわれはすでに,心筋細胞シートの移植のほうが筋芽細胞シート移植よりさらに有効性が高いことを証明している。その点からも,より効果の高い細胞源の開発が必要で,特に,細胞シート技術により心筋細胞移植の場合はGap-junctionを温存した状態で移植が可能であることより,このGap-junctionを発現する細胞の開発が必要とされてきた5)6)。
一方2007年11月,日本の山中(京都大学)らとアメリカのThomsonらのグループがヒトiPS細胞の樹立に成功したニュースは世界中を駆け巡り,再生医療実現化に対する期待は大いに高まっている。実際に,ヒトiPS細胞の樹立が報道され,山中教授らが報告した雑誌『Cell』のオンラインサイトで閲覧できるiPS細胞から作製された心筋細胞が拍動している動画をみたときの衝撃は記憶に新しく,再生医療の新たなブレイクスルーを目の当たりにした瞬間でもあった(図4)7)。
iPS由来細胞シートは,機序的に心筋細胞シートと同様に電気的につながって直接拍動を伝え心機能改善をもたらしうる可能性があるだけにiPS細胞への期待は大きく,山中教授との共同研究においてiPS細胞からの高効率の心筋細胞の分化誘導とteratomaの発生抑制,およびそのシート化と心不全モデルへの移植による成果が期待される(図5)。
心筋再生については,iPS細胞から拍動する治療用ヒト心筋様細胞の100%の分化誘導に成功すれば,細胞シートによる治療も大きく変わると考えている。しかし,iPS細胞もES細胞と同様,目的の細胞へ分化・誘導する技術の確立は必須であり,iPS細胞による実用化はいまだ遠い。
まとめ
以上のように,心機能の低下した不全心筋も骨格筋筋芽細胞や骨髄細胞などの自己細胞移植や遺伝子治療により,また組織工学的技術を駆使することにより,そして病態に応じて再生治療が可能になると思われる。特に,拡張型心筋症のような広範囲の心筋障害を呈する心不全においては,細胞移植や遺伝子治療による局所的治療よりも組織工学により心筋組織片ともいえる細胞シートを移植することにより,治療は可能になると思われる。さらに,iPS細胞を用いた心血管再生治療の実現には越えなくてはならないハードルが多く存在するが,iPS細胞の樹立をきっかけとして世界中で幹細胞研究が活性化されることで,近い将来iPS細胞を用いた心血管再生治療が現実的なものとなることを確信している。
文 献
1)Beltrami AP, Barlucchi L, Torella D, et al:Adult cardiac stem cells are multipotent and support myocardial regeneration. Cell 114:763-776, 2003
2)Oh H, Bradfute SB, Gallardo TD, et al:Cardiac progenitor cells from adult myocardium;homing, differentiation, and fusion after infarction. Proc Natl Acad Sci U S A 100:12313-12318, 2003
3)Meyer GP, Wollert KC, Lotz J, et al:Intracoronary bone marrow cell transfer after myocardial infarction;eighteen months' follow-up data from the randomized, controlled BOOST(BOne marrOw transfer to enhance ST-elevation infarct regeneration)trial. Circulation 113:1287-1294, 2006
4)Miyagawa S, Sawa Y, Taketani S, et al:Myocardial regeneration therapy for heart failure;hepatocyte growth factor enhances the effect of cellular cardiomyoplasty. Circulation 105:2556-2561, 2002
5)Memon IA, Sawa Y, Miyagawa S, et al:A combined autologous cellular cardiomyoplasty with skeletal myoblasts and bone marrow cells in canine hearts for ischemic cardiomyopathy. J Thorac Cardiovasc Surg 130:646-653, 2005
6)Kondoh H, Sawa Y, Fukushima N, et al:Reorganization of cytoskeletal proteins and prolonged life expectancy caused by hapatocyte growth factor in a hamster model of late-phase dilated cardiomyopathy. J Thorac Cardiovasc Surg 130:295-302, 2005
7)Takahashi K, Yamanaka S:Induction of pluripotent stem cells from mouse embryonic and adult fibroblast cultures by defined factors. Cell 126:663-676, 2006
大阪大学大学院医学系研究科外科学講座心臓血管外科学教授
澤 芳樹