Summary
降圧薬治療臨床試験のメタ解析のなかで最も信頼性の高いBPLTTCメタ解析は,アンジオテンシン受容体拮抗薬(ARB)に比べてアンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬の冠動脈イベント抑制効果が大きいことを示しており,ACE阻害薬とARBの直接比較試験であるONTARGET試験でもこの結果が支持されている。一方,脳卒中イベント,心不全イベントにおいては両者の抑制効果に差はないと考えられる。日本で承認されているACE阻害薬とARBの降圧効果は,ACE阻害薬の最大用量(通常用量の倍)がARBの通常用量とほぼ同等か弱干上回る程度と考えられる。したがって,ACE阻害薬で心血管イベント抑制効果を得るためには最大用量を使用すべきであろう。
Key words
●BPLTTC ●メタ解析 ●ARB ●冠動脈疾患
1 ACE阻害薬の位置付けを考えるうえで重要なBPLTTCメタ解析
アンジオテンシン変換酵素(angiotensin converting enzyme;ACE)阻害薬は,アンジオテンシン受容体拮抗薬(angiotensin receptor blockers;ARB)にとって代わられつつある。「代わられた」と過去形でいったほうがより正しいのかもしれない。今や,ACE阻害薬を積極的に診療に活かしている医師は少数派であろう。しかし,これは日本に限定した現象のようである。われわれは,今EBMの時代にいる。四半世紀にわたって高血圧治療のエビデンスが発表され続けてきたが,これまでARBがACE阻害薬よりも優れていることが示されたことがあっただろうか?「ARBは咳のないACE阻害薬」との認識が日本で広まって久しい。副作用である空咳を除いては両薬剤の真の効果,すなわち高血圧治療の最終目標である心血管イベント抑制効果は全く同等だとの認識である。本当に同等ならば,ACE阻害薬がARBに代わられるのも仕方ないであろう。しかしエビデンス,特にARBのエビデンスが積み重なるにつれて,両薬剤間に横たわる越えがたい差が明らかになってきているのではないだろうか。ACE阻害薬とARBの関係を明確にしたエビデンスが,2007年に発表されたBPLTTC(Blood Pressure Lowering Treatment Trialists’Collaboration)によるメタ解析の結果である1)。このメタ解析では,前向きかつ全症例データの再解析というきわめて信頼性の高い手法を採用し,ACE阻害薬とARBの臨床試験約15万症例の患者データを用いて冠動脈イベント,脳卒中イベント,心不全イベントに関して降圧と各イベントリスク抑制効果の関係を明らかにした。その解析結果は,これまでのACE阻害薬とARBの違いに関する論争に終止符を打つものであり,ACE阻害薬にのみ冠動脈イベント抑制効果で「降圧とは独立した効果」が検出され,しかも両薬剤間にACE阻害薬が優位である統計上の有意差が認められたのである。一方,脳卒中イベントと心不全イベントに関しては両薬剤ともに「降圧とは独立した効果」は認められず,イベント抑制効果は同等であった。この結果は,ACE阻害薬には薬剤特異的な冠動脈イベント抑制効果があることを示すとともに,ARBにはそのような効果はなくARBの心血管イベント抑制作用は主に降圧のみに依存していることを表している。BPLTTCは他の降圧薬(Ca拮抗薬,β遮断薬,利尿薬)に関しても評価を行っているが,降圧薬のなかでこれほど明確なかたちで「降圧とは独立した効果」が確認されたのは,ACE阻害薬の冠動脈イベント抑制効果のみである。
この結果から導かれるメッセージは明確である。心血管イベントの抑制という高血圧治療の最終目標を考えた場合,ACE阻害薬がARBに劣る点はなく,特に冠動脈イベント抑制の強さを考えるとACE阻害薬が第一選択薬にふさわしいということである。世界各国の大半のガイドラインでは,今なお「ACE阻害薬に認容性のない場合にのみARBを処方する」ことが推奨されている。このことは,BPLTTCメタ解析に代表されるACE阻害薬のエビデンスにARBのそれが追いついていないことを反映している。
以下,より最新のARBのエビデンスで,ACE阻害薬に対する何らかの優位性を確立できたか否かについて検証してみたい。
2 冠動脈イベント
ACE阻害薬とARBの直接比較試験として最近話題となったのが,ONTARGET試験である。ACE阻害薬(ramipril(本邦未承認))に認容性を有する心血管イベント高リスク患者25620例を,ACE阻害薬(ramipril)単独投与群,ARB(テルミサルタン)単独投与群,両薬剤併用群の3群にランダムに割り付け,56ヵ月間(中央値)の心血管イベント抑制効果を比較した。その結果,心筋梗塞イベントに関し3群間に有意差は認められなかった。では,この結果をもとにARBはACE阻害薬と同等の冠動脈イベント抑制効果をもっていると結論してよいだろうか? Ramipril単独投与群に比べてテルミサルタン単独投与群で血圧を0.9/0.6mmHg下げていた(有意性に関する判定は実施されていない)にも関わらず,心筋梗塞リスクが1.07(95%信頼区間:0.94~1.23)と劣性傾向を示していることから,この試験をもってARBはACE阻害薬と同等の効果を有していると結論することはできない。両群間の降圧差を考慮すると,今回得られた心筋梗塞抑制リスクの値がBPLTTCメタ解析の結果と一致することは明白であろう(図1)。
このONTARGET試験の対象から外れた患者群,すなわちACE阻害薬に対して認容性を示さなかった患者に対し,ARB(テルミサルタン)とプラセボの効果を比較したTRANSCEND試験も発表されているが,その結果は,プラセボ群に比べてテルミサルタン群で血圧を4.0/2.2mmHg余分に下げたにも関わらず,心筋梗塞リスク抑制において有意性を示すことができないというものであった(HR=0.79,95%信頼区間:0.62~1.01)。プラセボとの比較で有意な降圧が認められたことからこの結果は意外であり,ARBの冠動脈イベント抑制効果に対して新たな疑問点を提示した試験であるということもできよう。
日本で実施され,ARBとACE阻害薬との比較の点で注目されたのがHIJ-CREATE試験である。本試験は,冠動脈疾患を合併した高血圧患者をARB(カンデサルタン)投与群,ARBを使わない標準治療群の2群にランダムに割り付け,4.2年間(中央値)の追跡を行った試験である。標準治療群の約70%の患者にACE阻害薬が処方されたことから,ACE阻害薬 vs ARBの側面が強調された。結果は,非致死性の心筋梗塞リスクに関して標準治療群に比べてARB投与群で優位傾向であったものの,両群間に有意差はみられなかった(HR=1.12,95%信頼区間:0.66~1.23)。しかし,標準治療群の30%の患者にはACE阻害薬が投与されておらず,しかも投与されている70%に対して投与開始時期や投与量などがコントロールされていない本試験を,そもそもACE阻害薬との比較試験として位置付けてよいのかについて疑問が残る。あくまで参考程度のデータとして位置付けるべきであろう。
ACE阻害薬との比較ではないが,ARBの冠動脈イベント抑制作用として日本で最近話題になった試験にJIKEI-HEARTスタディ,KYOTO-HEARTスタディが挙げられる。JIKEI-HEARTスタディでは心血管疾患患者を対象に,またKYOTO-HEARTスタディでは高リスク高血圧患者を対象に,現行治療にARB(バルサルタン)を追加する効果について検討したものである。興味深いことに,両試験とも狭心症による入院を有意に減少させていた。これらの結果を,ARBによる狭心症抑制効果として新たに評価する向きもある反面,両試験の採用したPROBE法の弱点が現れた試験として位置付ける評価もある。PROBE法の「弱点」とは,バイアスの入りやすい評価項目に対する効果が強調されてしまうことである。「入院」を含むソフトエンドポイントは,評価にバイアスが入りやすいとされる。対象患者がどちらの群に属しているかを処方医が把握できるPROBE法では,「心筋梗塞発症」や「死亡」などの判定にバイアスの入りにくいハードエンドポイントのみを重視するのが一般的であり,ソフトエンドポイントに対する効果を強調する以上は,その裏付けとなるデータが必要である。ところが,両試験とも「狭心症による入院」は有意に減少しているものの心筋梗塞は減少していない。その点からも,両試験ではPROBE法の弱点が強調された可能性が高いと考えられるのである。もちろん,ARBが(心筋梗塞ではなく)狭心症に特異な病態に作用している可能性も考えられるが,この効果に関してはまだ確立されたものとはいえず,今後のさらなる検討が必要であろう。
以上をまとめると,ARBの最新のデータをもってしても,冠動脈イベントに関してACE阻害薬と同等の効果があると主張するには不十分であると結論されるのではないだろうか。
3 脳卒中イベント
BPLTTCメタ解析では,血管イベントのなかで脳卒中が最も降圧に対する感受性が高いことが示されている。つまり,降圧に依存した各イベント抑制のなかでは脳卒中抑制が最も効率がよい。では,脳卒中イベント抑制に関して「降圧とは独立した効果」を有する降圧薬は存在するのであろうか? 後ろ向きのメタ解析であるが,Ca拮抗薬にはその効果が存在する可能性が示されてはいる。前向きであるBPLTTCメタ解析での今後の検討が待たれるところである。では,ACE阻害薬,ARBの違いは存在するのであろうか? 脳卒中の二次予防に関してACE阻害薬に関する評価を確立したのがPROGRESS試験である。脳卒中発症後の患者6105例を対象に,ACE阻害薬(ペリンドプリル)もしくはペリンドプリルと利尿薬(インダパミド)併用投与群とプラセボ投与群にランダムに分け,4年間の追跡を行った。その結果,ACE阻害薬投与群では9.0/4.0mmHgの降圧を認め,脳卒中再発を有意に抑制した(相対リスク低下=28%,95%信頼区間:17~38%)。しかし本試験では,全体の58%にあたるACE阻害薬単独投与群に絞って解析すると降圧は4.9/2.8mmHgであり,脳卒中再発に有意差は認められなかったことが常に指摘される。最近,このPROGRESS試験のARB版ともいえるPRoFESS試験が発表された。脳卒中発症後の患者20332例をランダムにARB(テルミサルタン)投与群とプラセボ投与群に分け,2.5年の追跡を行った。その結果,ARB投与群でプラセボ投与群よりも3.8/2.0mmHgの降圧を示したが,一次エンドポイントである脳卒中再発に関して有意差を認めなかった(HR=0.95,95%信頼区間:0.86~1.04)。一方,前述のPROGRESS試験では,利尿薬併用群で有意な脳卒中再発予防効果が認められることが示されている(相対リスク低下=43%,95%信頼区間:30~54%)。これらの結果は,脳卒中の二次予防にはレニン-アンジオテンシン(renin-angiotensin;RA)系の阻害だけでは不十分であることを示すとともに,利尿薬併用による増強効果の可能性を示している。では,脳卒中予防に関してはACE阻害薬,ARBのどちらでもよいのであろうか? このことに関して,最近興味深いディスカッションが行われている。そのなかで指摘されているのが,脳卒中リスクの高い患者では冠動脈イベントリスクも上昇していることである。脳卒中リスク予防という単眼的な視点ではなく患者のトータルケアの複眼的な視点で考えると,脳卒中発症後患者においても冠動脈イベント予防は重要視しなければならない。そうすると,RA系阻害薬のなかで何を選択すべきかはおのずと決まってくるのではないだろうか。なお,前述のJIKEI-HEARTスタディ,KYOTO-HEARTスタディでは,ARBが脳卒中イベントを抑制したことが報告されている。しかし,これらの試験で設定されている脳卒中イベントには一過性脳虚血発作(transient ischemic attacks;TIA)が含まれ,かつ正確には「脳卒中による入院」というソフトエンドポイントであることに留意すべきであろう。すなわち,バイアスの可能性について考慮する必要がある。
4 心不全イベント
心不全は,降圧との関係が最も曖昧な心イベントである。BPLTTCメタ解析では,心不全イベント(心不全による入院,心不全死)に関してACE阻害薬とARBとの間に差は認められなかった。また,降圧と独立した効果も認められなかった。しかし,これはBPLTTCメタ解析で対象となった患者の多くが高血圧を含む心血管リスクを有する患者であり,心不全患者そのものが対象でないことが1つの理由として考えられる。心不全患者に対象を絞った場合,ACE阻害薬の効果は総死亡の有意な抑制として現れることが多くのエビデンスで裏付けられている。一方,心不全患者を対象にした試験でもARBの総死亡抑制効果は確立していない。さらに,ACE阻害薬に認容性のない心不全患者を対象としたCHARM-Alternative試験では,一次エンドポイント(心血管死+心不全による入院)は有意に減少させたものの,総死亡に関しては抑制できなかったばかりか心筋梗塞リスクを有意に上昇させたため,ARBの心筋梗塞誘発リスクに関する論争の引き金になったことは記憶に新しい。その後,拡張障害型心不全患者に対象を絞ったARB(イルベサルタン)とプラセボとの比較試験(I-PRESERVE試験)が発表されたが,効果はプラセボ投与群と同等であった。ACE阻害薬ではPEP-CHF試験がすでに発表されているが,本試験でも拡張障害型心不全に対する効果を認めることができていない。心不全治療においても,日本のガイドラインを含めARBは「ACE阻害薬に認容性のない場合」と規定されている。今後,しばらくこの評価は変わらないであろう。
5 コストパフォーマンスを加味した評価
日本では一般的に,ACE阻害薬がARBの約半分のコストで済むと考えられているようだが,果たしてこの解釈は正しいだろうか?
図2は,日本で発行している各薬剤添付文書に記載されている用量別の降圧効果を示したものである。
いわゆる通常用量での効果がARBで46~68%であるのに対し,ACE阻害薬で最も汎用されているイミダプリルは35%にすぎない。これは,日本での治験の際に対象薬にエナラプリル5~10mgを用いたACE阻害薬と,同薬5~20mgを用いたARBの違いと考えることができるのではないだろうか。すなわち,ACE阻害薬通常用量はエナラプリル5mgと同等,ARB通常用量はエナラプリル10mgと同等となる。この結果から得られる日本における結論は,「日本のACE阻害薬は半額でなく半量であり,ARB通常用量以上のエビデンスを確保するためにはACE阻害薬を最大用量(たとえばエナラプリル,イミダプリルであればともに10mg)で使用すべきである」ということになるのではないか。
まとめ
最新のエビデンスをもってしても,ARBがACE阻害薬に勝る点は確立されていない。確かに,認容性ではARBが優る。しかし,これまでの臨床試験を中心としたエビデンスでは,心血管イベント抑制でARBがACE阻害薬に優ることはないことに留意する必要がある。特に,冠動脈心疾患の予防を考えたとき「ARBはACE阻害薬に認容性のない場合」という基本に立ち返る時期にきているのではないだろうか。
文 献
1)Blood Pressure Lowering Treatment Trialists' Collaboration;Turnbull F, Neal B, Pfeffer M, et al:Blood pressure-dependent and independent effects of agents that inhibit the renin-angiotensin system. J Hypertens 25:951-958, 2007
東京大学大学院医学系研究科臨床疫学システム講座教授
山崎 力 Tsutomu Yamazaki