治す医療から支える医療へ
入院、外来と並び第三の医療として定着しつつある在宅医療。「在宅医療の本質」をテーマとする本対談では、地域で先駆的に在宅医療に取り組む太田秀樹先生と、厚生労働省の医系技官として地域包括ケアシステムの構築を重要課題とする2018年度の診療報酬・介護報酬同時改定に深く携わった迫井正深先生に、在宅医療の過去、現在、未来について前・後編にわたりお話しいただきました。前編では、地域包括ケアシステムにおいては病院か在宅医療かという二元論ではなく、「生活中心の医療」という視点に立ち、生活の質を高めることを共に目指すという認識を医療者が共有することが重要とのご指摘をいただきました。後編では、質の高い在宅医療とは何か、いかに学問としての在宅医療を確立し、未来へつないでいくかについて、それぞれのお立場から展望いただきました。
多職種の連携や協働の成否が在宅医療の質を左右
早期教育や目的の共有が不可欠
【司会】太田 在宅医療は医師が重要な役割を担いますが、医師だけではなく多職種がそれぞれの職能を発揮して、チームとして取り組んで初めて在宅医療が成り立ちます。介護保険制度が始まったころ、多職種とどのように協働して地域で連携していくか――最近ではinterprofessional work(IPW)とも称されます――という概念が導入されました。前編では医療と介護との連携を巡る課題についてお話しいただきましたが、看護師や薬剤師、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士、管理栄養士などの専門職については、職能団体が在宅医療の重要性を明確に打ち出しており、現場でも心ある人たちが集まり有機的なサービスネットワークの構築に尽力されています。2018年の診療報酬改定では、入退院の支援や地域の多職種連携を評価する改定が行われましたが、制度としては理想的な運用が行われていない面もあるようです。今後、さらに多職種連携を後押しするような制度やシステムの面からの支援策についてはどのようにお考えでしょうか。
迫井 制度、特に診療報酬や介護報酬は、世の中に浸透させたり広げたりするのに非常に重要な役割を果たしますが、介護との連携と同じように、何のための連携なのか、どこを目指しているのかという共通理解がないと魂のない多職種連携に終わってしまいます。魂のこもった制度にしていくには、目的や目標を共有することが非常に重要です。
太田 他の職種がどのような職能を持ち、どのような仕事をしているのかを知る機会は、実はそれほど多くありません。ですから養成課程において、教育のなかにどのように多職種連携・協働の視点を盛り込んでいけるのかが、今後より重要になると思いますが、いかがでしょうか。
迫井 医学部教育は専門課程が4年間では収まらず、どんどん前倒しになっています。いくつかの大学では前倒しの過程で将来の多職種協働を見据えて、専門課程が始まる前の1~2年目に歯学や薬学、看護など他学部の学生も交えて異なる視点や価値観を共有するプログラムを設けるなど、リベラルアーツ教育に立ち返る動きがあります。この早期体験学習により、専門課程を学ぶ前から「何のために学ぶのか」という原点をしっかりと押えておくことは非常に大切です。
エビデンスの集積を可能にする仕組みづくりが急務
太田 近年、evidence-based policy making、つまり「エビデンスに基づく政策立案」の重要性が高まっていますが、在宅医療を政策に展開していく上でもエビデンスが求められます。学問としての在宅医療を確立するためにも、今後、どのように在宅医療のエビデンスを集積し、発信していくかが大きな課題となっています。
迫井 これは在宅医療の抱える難しさの典型的な問題です。かかりつけ医機能を中心に在宅医は夜間も含めて日々忙しいわけで、データを集計して論文を書くことの重要性は理解しつつも、なかなかできないのが現状かと思います。ですから、そこをサポートする何らかの仕組みが必要です。開業医や在宅医同士で助け合うことも大事ですが、それには限界がありますので、大学や研究機関、医師会をはじめとする職能団体などの機関が実体サービスを評価するようなサポートがないと難しいかもしれません。
太田 在宅医療の場合、開業医が持つ少数の症例を登録できる疾患登録システムを作らないとエビデンスが構築されません。在宅医療の質を高め、発展させていくために、一歩踏み込む必要があると思っています。
迫井 そういったサポートの仕組みやツールの整備が必要であり、国としてもそうした体制作りを支援できるよう何ができるのか、検討していこうという流れになってきているところです。
太田 そこで、在宅医療の質を上げていく仕組みの一環として、日本老年医学会と日本在宅医学会、国立長寿医療研究センターが主体となり、『高齢者在宅医療・介護サービスガイドライン』が2019年3月に刊行されました。
迫井 実際にサービス提供体制が充実してくると、一定の標準化や質を上げていくための仕組みとして、足がかりとなるガイドラインのようなものが必要になりますね。
太田 自己満足ではなく、客観的に評価できる指標を提供していく必要があります。ただし、在宅医療におけるアウトカムは国民の満足ですから、非常に多様性がありますし、客観的に捉えにくい領域です。ですから「治療ガイドライン」ではなく「サービスガイドライン」という呼称になったわけですが、在宅医療にしっかりなじむようにしていくには、今後さらにブラッシュアップが必要かと思います。
迫井 今は手探りな状態ですので、仰るとおり最も難しいアプローチの一つだろうと思います。一方で、フロントランナーたちが切り拓いてこられたものを次世代に伝承していく必要もあります。さまざまなサービスや地域活動も含めてトータルでみるというのが在宅医療の良さですので、急性期や疾患治療という概念上のガイドラインとはまた違ったアプローチで一定の体系化を図り、情報を伝えていくツールをぜひ開発していただきたいですね。
太田 歴史を踏まえて次の時代をつくっていくわけですから、今までわれわれ在宅医がやってきたことをしっかりと記録に残し、評価を行い、次世代につなげていけるよう、学問としての在宅医療を確立していかねばならないと思っています。
在宅医療におけるアウトカムは国民の満足
太田 在宅医療におけるアウトカムは国民の満足ですが、価値観が多様化した社会においては非常に難しい問題です。「在宅医療はこんなに質の高い医療を提供しました」「こんなに良いことができました」「こんなに安らかに逝きました」というのは医療者側の判断であって、受けた側が満足してくれたかどうかが一番大きな問題だと思うのです。
2018年に亡くなった樹木希林さんが出演した企業広告で、死生観を反映した「死ぬときぐらい好きにさせてよ」というキャッチコピーが話題になりましたが、これは要するに意思決定支援の問題です。意思決定支援を誰がどのように行うか、支援のプロセスに力点を置いたアドバンス・ケア・プランニング(advance care planning:ACP)がこれからますます重要になってくるのは間違いありません。ACPやアドバンス・ディレクティブ(事前指示)、リビング・ウィルが普及していくことによって、日本人の終末期医療は大きく変わると私は期待しているのですが、国民の満足が得られる在宅医療の在り方についてはどのようにお考えでしょうか。
迫井 それは難しい問題です。どのように支援するかの前に、まずはどのような選択肢があるかが問題です。また、結果は一つなので、自分自身や身内がそういう状況に遭ったときにその選択が良かったか悪かったかを比較することも不可能ですから、事前に時間をかけて話をして、揺れ動きながらプロセスのなかで納得し、満足してもらうしかないと思うのです。患者さんの価値観を大事にするプロセスを経ることが大切だと考えています。
太田 迫井先生のお話は、外科医としての臨床経験や、ご家族の看病や看取りの経験に裏打ちされた上でのご発言でいらっしゃいますね。在宅医療を行っている医師は、在宅で安らかに自然死を迎えられたから満足だっただろうと思い込みがちですが、看取った奥さんは、実は「お金があったら病院に運べたのに」という思いを抱えているなど、百人百様の価値観があるわけです。在宅で亡くなれば幸せで病院で亡くなれば不幸せといった単純な話ではなく、「死ぬときぐらい好きにさせてよ」というのが国民の本音だと思います。医学的に専門的な立場で、治る可能性の有無なども含めて正しい情報をしっかり提供しつつ、「好きにさせてほしい」という願いを叶えられるような在宅医療が、本当に質の高い在宅医療ではないかと思うのです。
「生活の充実」と「人生の満足」を追求
太田 在宅医療は、居宅に限らず生活の場で提供される医療です。独居や認知症の高齢者が増えるなか、今後は施設への訪問も増加していくことが予想されます。国の方向性としては、老人ホームや認知症高齢者グループホーム、サービス付き高齢者向け住宅、小規模多機能型居宅介護などの居宅系施設における終末期医療や看取りを進めていくのでしょうか。
迫井 在宅医療が生まれた背景には人口構成や住まい方の変化があります。そのような社会の変化を踏まえると、方向性としては、一定の集住を進めていく必要があると考えています。そして単独の住まいか、集住なのかによらず、住まいの環境で提供する適切な医療という意味ではどちらも在宅医療に該当します。そこで提供される医療は、急性期に提供される医療とは医療の性質や目的、満足感を形成する価値観が異なるということを理解し、地域の住環境や状況に応じて創り上げていくことが最も大切なことだと思います。
太田 本来、病院医療の役割は生命を守ることですが、健康状態やライフステージの変化に伴い、相対的に医療の役割は少なく、介護の役割が大きくなってきました。求められる医療は生活障害と対峙し、苦痛を取り除き、生きがいを支える地域医療・在宅医療に変化しています。そこで考慮すべき課題は、生活の充実と人生の満足です。そこに医療をどこまで、どのように介在させるかを考えるにあたり、本人が選択するACPのプロセスが生きるのだと思います。そして、このACPのプロセスに介護を担っている家族や介護の専門職が参加することが大切です。なぜなら、その人の人生観や価値観を代弁できるのは、暮らしを支える人たちだからです。
(編集部)最後に、読者に向けて一言ずつメッセージをお願いいたします。
太田 在宅医療の変遷を長年見つめていますが、やはり医師会長が旗を振って地域づくりを行っている地域では在宅医療も進んでいると感じます。ある地域の医師会長は、「自分も自宅で最期を迎えたいから、在宅医療をしっかりと行える人を育成しなければ」と仰っていましたが、医療の将来を展望する際には医師自身がどういう最期を迎えたいのか、自分の問題として考えることが大切だと思います。自分ももしかしたら10年後にはフレイルになり、誰かの支援が必要な状況になるかもしれません。そうなったときに、住み慣れた地域で、最期の日々を在宅で過ごしたいと思われるのであれば、ぜひご自身の地域に在宅医療を進めていっていただきたいと思います。
迫井 わが国の在宅医療は、志を持った先人たちによって開拓されてきたという歴史があります。診療報酬はその必要性が認められた評価として裏打ちをしているものであり、決して診療報酬が誘導して地域の医療を形作っているわけではありません。地域ごとにどのような医療を提供していくのかが問われている今、それぞれの地域の事情に合った在宅医療、地域包括ケアシステムを確立するには、在宅医療の生い立ちや歴史を理解することが大事ではないかと思います。地域の事情はさまざまなので悩みも多いだろうと思いますが、そういった歴史的背景や発展過程にも少し目を向けていただけると、将来展望が拓けていくのではないでしょうか。(了)