持続可能な
地域医療の実現に向けて
少子・超高齢・多死社会を迎え、病院中心の医療から地域全体で支える医療へと転換が進むなか、地域医療の拡充が喫緊の課題となっています。地域医療の担い手であるかかりつけ医には、外来診療から地域住民の予防・健康づくり、在宅医療、終末期医療、地域包括ケアシステムを主軸とした“まちづくり”まで、より幅広い役割が期待されています。かかりつけ医機能の強化による地域医療の再興を取り組み課題の一つに掲げる日本医師会会長および前世界医師会会長の横倉義武先生は、地域医療を守るには、医師の働き方改革を同時に進めていく必要があると訴えています。後編となる本稿では、引き続き横倉先生に持続可能な地域医療の在り方について伺うとともに、地域医療充実のために日々奔走されている医療者に向けてメッセージをいただきました。
地域医療を守る働き方改革
行政・市民の協力、地域連携が不可欠
先生は「医師の働き方改革」の推進についても訴えておられますが、働き方改革と地域医療の充実を同時に実現するには、何が必要だと思われますか。
医師の働き方改革では、「地域医療の継続性」と「医師の健康への配慮」をいかに両立させるかが最大の課題となっています。医療の基本は、安全な医療を提供することです。医師の健康と地域医療を守り、今後も安全で質の高い医療を提供し続けていくためには、医師が疲弊してしまう現状をこのまま放置することはできません。一方で、画一的に医師の労働時間を制限するだけでは、地域医療は立ち行かなくなります。地域医療を守るには、医師の勤務環境の改善など医師の働き方改革を進めると同時に、行政や市民の理解と協力が不可欠です。限りある医療資源を大切に活用していくために、国をはじめ自治体や各医療機関が、患者の理解と協力を得るための啓発活動を積極的に行っていく必要があります。
安全性の確立を図る上で、医師の長時間労働や過重労働などが問題となっています。
やはり日常的に疲弊した状態の医師が診療を行うと、集中力が落ち、さまざまな問題が起こりやすくなります。私も若いときから外科医としてのさまざまなトレーニングを受けてきましたが、長時間におよぶ連続勤務が一番きつかったです。もう50年近く前になりますが、私が医師になった1969年当時は、医師はそれぞれに患者さんを担当しており、手術前の検査から手術、術後の管理まで主治医が一人で担っていました。今でこそ心臓手術の周術期死亡率は1%前後ですが、私が心臓外科のトレーニングを受けた当時はまだ10%前後で、病気や手術の種類によっては死亡率はもっと高かったのです。そうした患者さんの術後管理をしながら手術もこなすとなると、徹夜が二晩、三晩と続くわけです。そうなると医師は疲弊し、患者さんの具合も次第に悪くなり、状態が悪いから医師はまた徹夜して頑張り、術後成績は上がらない、という悪循環が続いていました。
この悪循環を打開するために、当時の教授にお願いして術後の管理チームをつくりました。2人を1チームとして、24時間勤務して48時間はフリーにするという3交代の仕組みです。すると、術後管理が安定してきたのです。こうした経験もあり、長時間労働のなかでも連続勤務が安全面において非常に大きな問題であり、労務管理をしっかり行っていく必要があると考えています。
限られた人数や医療資源でも、工夫次第でシステムをうまく機能させることができるということですね。
そうです。ただし、地方では絶対的に人員不足という地域が多いのも実情です。私も福岡県の農村部で病院を経営していますが、医師の確保には非常に苦労をしています。
また、長時間労働が問題となる一方で、専門研修を受けている医師からは、短い時間では十分な研修を受けられないという声が上がっているのも事実です。医師の働き方は時期によってずいぶん変わるので、もっと研修したい、勉強したいという方は、自分の選択で頑張れるような仕組みにしておいた方が良いのではないかと思います。とはいえ、月の残業時間が100時間となると問題が出るので、大枠は考えておく必要があります。
在宅医療が推進されていますが、在宅患者に対する24時間365日対応を負担に感じる医師も多いようです。在宅医療に取り組む医師の負担を軽減するには、どのような形のサポートが必要だとお考えでしょうか。
日本医師会が診療所の医師などを対象に行った調査では、地域で在宅医療を拡充するために重要と考えられることとして、「受け皿となる入院施設の整備」という回答が最も多く寄せられました。その対応として、救急患者や終末期患者を受け入れるバックアップ機能が地域の病院や有床診療所に求められています。地域の医療資源を有効活用しながら切れ目のない医療・介護サービスを提供していくには、医師の個人的な頑張りに頼るのではなく、かかりつけ医、地域の病院がそれぞれの役割を明確化し、地域の医師全体で協力し合う必要があります。医師が一人で診られる患者数には限りがあるので、医師同士はライバルではなく、共に地域住民の健康を守り、地域医療を支えるパートナーであるという意識を持つことが大切です。そのために、地域の医師会は信頼できる医師同士のネットワークをつくるなどして互いに協力、連携できる体制づくりを進めていくことが重要です。
また、医療と介護のコミュニケ―ション不足が各地域で課題となっています。その対応として、医師への連絡は敷居が高いと思われがちですので、職種の垣根を越えて地域で事例検討会や研修会を開催して顔の見える関係づくりに力を入れる取り組みが重要です。地域の医師会にはそうした交流も通して、地域全体をコーディネートしていく役割が求められています。
健康寿命を延ばし「明るい超高齢社会」へ
世界に対するモデルに
これからの地域医療では、予防や健康の維持、増進も重点課題になるかと思いますが、かかりつけ医には、これらの活動にどのように関わっていくことが求められるのでしょうか。
非感染性疾患、いわゆる生活習慣病の最大のリスクは、食事と運動と睡眠と心の持ち方です。生活習慣病的なもの、非感染性疾患を起こさないためにはどうするかという指導を継続的に行っていく必要があります。私は、こうした健康に関する教育・啓発は、学校教育のなかで行っていく必要があると思っています。食事と運動のバランスを若いときから身に付けてもらうために、医師の果たす役割は非常に大きいと考えています。地域のかかりつけ医の多くは学校医であり、児童・生徒の健康管理に関与していただいています。学校生活のなかで食事や運動の重要性を子どもたちが理解できるようにしていくことは長期的な視点からも非常に重要で、大きな意義があります。
もう一つの効果として、子どもに健康に関する話をすると、子どもを通じて親に話が伝わります。例えば、子どもが学校で「たばこを吸うとこういう病気が起きますよ」という話を聞いてきて、父親に「たばこは、体に悪いらしいよ。特に家のなかで吸うと一緒にいる私たちにも影響が出るんだって」という話をします。この効果は大きいです。私も昔、喫煙していましたが、子どもや孫から言われるのが一番効果がありました。学校教育の一環として健康教育を行うと、家族の健康にも影響が出てくるのです。
日本は世界に先駆けて超高齢・多死社会を迎えます。これからの日本における地域医療に必要なものとは何でしょうか。
日本は今、社会保障に支えられている高齢者が増える一方で、社会保障を支えている若者が減りつつある超高齢社会を迎えています。ですから健康な高齢者を増やし、その健康な高齢者に少しでも社会参加をしてもらいながら社会を支える側に回ってもらう社会づくりをしていかないと、この超高齢社会を乗り切れないわけです。健康を維持、増進して、日常的に医療や介護に依存せずに自立した生活を送ることができるよう、「健康寿命」を延ばしていくことは、われわれ医師の大きな仕事です。健康寿命が延びると、要介護状態の期間が短くなります。超高齢社会というと、年を取ったら寝たきりになって皆さんのお世話になるという暗いイメージがあるかもしれませんが、健康寿命が延伸して要介護状態の期間が短縮されれば、明るい超高齢社会になるものと思います。「子どもたちには、これ以上迷惑をかけられない」という高齢者は少なくありません。高齢になっても社会貢献ができるよう、社会を変えていくことが重要だと思います。
社会の高齢化は先進国だけではなく世界的に共通した問題であり、日本は超高齢社会の問題においては世界のトップランナーとして先頭を走っています。日本が明るい超高齢社会になるか、暗い超高齢社会になるか、すべての国が今、注視しているわけです。明るい超高齢社会をつくることができれば、年を取ることは悪いことではないと世界中の人に思ってもらえるでしょう。そういう社会を築いていくことが大事だと思います。日本は世界に対し、超高齢社会のモデルにならなくてはなりません。
地域医療を支える多職種の「和」の心
最後に、地域医療に携わる医療関係者にメッセージをお願いいたします。
地域医療には、医師、看護師、薬剤師、その他さまざまな医療関係職が関わっています。医療に携わるということは、社会に貢献する素晴らしい仕事です。社会貢献という意味ではすべての仕事が当てはまりますが、医療は仕事を通じて直接的に他者に貢献していることが目に見える、体で感じられる仕事です。
そのなかでも在宅医療は、地域包括ケアシステムにおいて中心的な役割を果たすものです。在宅医療の提供は一人でできることではありません。行政職を含め、医療・介護に携わる多職種との連携が大切です。ですから、我を捨てて、互いに協力し合えるような医療提供体制をつくっていくことが重要です。そのために必要となるのが、「和」の心です。和とは平和の和であり、人の和です。住民の住み慣れた地域での生活を支えるために、職種の垣根を越えて共に頑張っていきましょう。(了)