がんと共に
生きる社会を目指して

がんの早期診断や薬物療法などのがん治療が急速に進歩し、治療を受けながら社会生活を送ることが可能となった今、がんは必ずしも死に至る病ではなくなりつつあります。しかしながら、「がん=死」というイメージは依然強く、がんと診断されたことで社会から孤立したり、就労や差別、偏見に苦しむ人も少なくありません。前編では、がんと診断された「がんサバイバー」への支援活動に取り組む日本対がん協会会長の垣添忠生先生に、がんサバイバーが抱えている問題や求められる支援についてお話を伺いました。後編では、がんサバイバーへの支援を通し、がんと共に生きる社会をどのように構築していくか、課題や未来への展望を伺います。 (※前編はこちら

がんサバイバーへの理解や支援を訴え
全国のがんセンターを行脚

垣添 忠生 先生

前編では、がんが不治の病ではなくなった今、がんに対する国民の認識を変えていく必要があるというお話を伺いました。先生は2018年2月から7月にかけて、がんサバイバーへの理解と支援を広く訴える「全国縦断 がんサバイバー支援ウォーク」を完遂されましたが、その経緯についてお聞かせください。

当協会では2017年に「がんサバイバー・クラブ」を立ち上げたものの、なかなか会員数が増えず、寄付の額も思ったように伸びないので、やはり「がんサバイバー」という言葉が十分世の中に広がっていないのではないか、何か手を打たなければと考えた結果、総移動距離約3,500kmを延べ90日間かけて歩く「全国縦断 がんサバイバー支援ウォーク」を行うことにしました。ある冒険家が日本の百名山を一筆書きで辿る旅からヒントを得て、私も全国がんセンター協議会に加盟する32施設を一筆描きのように歩こうと思いついたのです。「がんサバイバー・クラブ」のことを認識していただき、会員や寄付を募る一方、予防としての「禁煙」「ワクチン接種」「検診」の3つの大切さを訴えながら、「がんサバイバーを支援しよう」というのぼりを携えて、2018年2月から全国のがんセンターを回りました。

計96日間の支援ウォークは、寒波に見舞われて雪が舞うなか、福岡からスタートされたそうですね。2018年は記録的な猛暑となりましたが、7月に札幌でゴールを迎えられるまでの道中は気候の変化などもあり、体力的に過酷だったことと思います。約半年にわたり、のぼりを持って九州から北海道までほぼ徒歩で回られたことで、多くの方にがんサバイバーのことを知っていただく機会になったことと思いますが、道中でのエピソードをご紹介ください。

九州では大寒波に見舞われて雪のなかを歩いたり、私は泌尿器科医なのに道中で尿閉になってしまい導尿用カテーテルを入れて歩いたり、新潟から群馬がんセンターへ向かう途中、激しい雨と風で、地図アプリを見ているうちにスマートフォンに水が入り故障してしまうなどのアクシデントもありました。それでも、九州の国道3号線を雪のなか黙々と歩いていたら、反対車線のダンプカーの運転手が窓を開けて「頑張ってくださいよ」と声を掛けてくれたり、タクシーの運転手さんが代金の一部を寄付してくださったり、温かい励ましや親切な方々に支えられて全行程を完遂することができました。また、ゴールの北海道がんセンターでは、胃がんのサバイバーでもある北海道知事がセレモニーに出席してくださり、がん対策への取り組みを進めるという決意表明をいただきました。
そして各がんセンターでは、患者交流会などでがんサバイバーと語り合いました。私自身も大腸がんと腎臓がんのサバイバーですし、妻をがんで亡くしたがん患者の家族であり、遺族でもあります。それから国立がんセンターの病院長を10年、総長を5年務め、日本対がん協会の会長として10年、国のがん対策にも積極的に関与して25年近くになります。がんのありとあらゆる立場に立った私が患者会や交流会に臨むと、患者さんはいろいろな問題点をフランクに話してくれます。

垣添 忠生 先生

声を上げ、訴え続けることが世の中を変える

がんサバイバーの方々とは具体的にどのようなお話をされたのでしょうか。

例えば乳がんや白血病で長く抗がん剤治療を受けていると、なかには価格の高い薬もありますから、お金が続かなくなって治療をやめると再発して、ということを何度も繰り返したというような大変苦しい訴えがありました。お金の絡む問題はすぐには解決できませんが、がん対策基本法もわれわれ医療従事者や患者さん、国民が必要だと言い続けた結果できた法律なので、皆さんが何に困っているかについて声を上げ、訴え続けることが世の中を変えるのだということをお話ししてきました。それから、地域によっては医師不足のため患者さんの要望に応えきれないといった医療関係者からの訴えもありました。
がんに対するネガティブなイメージから偏見や差別、無理解に苦しんでいるがん患者の声も多数聞きました。「あそこの家は嫁を取るとがんになるぞ」といった、妙な誤解や無理解から差別されることもあります。「二十数年間、がんになったことをひた隠しにしてきたが本当につらかった。がんサバイバー支援の活動を知り、他にも同じような患者さんがたくさんいることを知って、全部オープンに話したら本当に気が楽になった」と言う方もいました。特に地方ではそうした差別や偏見を恐れて、がんであることを明らかにしない、できない人もたくさんいるのだと思います。しかし、がんという病気のイメージが変われば、そうしたネガティブなイメージは自然になくなっていくと思うのです。当協会のがんサバイバー支援の活動がその一助になればと思っています。

垣添 忠生 先生

健康なうちからがんに対する正しい知識を

がんサバイバー支援において最も重要なことは、どのようなことだとお考えでしょうか。

がんのイメージを変える、というのが目標です。すべてのがん患者が治るわけではありませんが、大半の人は元気になって社会復帰、家庭復帰することができるということが広く認識されれば、「がん=死」というイメージも変わっていきます。がんというと亡くなる方の話がクローズアップされがちですが、現実には特に検診で早期発見された場合はすぐ治るわけで、元気になっている人はたくさんいます。しかも2人に1人はがんになる時代なのですから、がんを隠すのはやめましょうと。がんは誰でもかかる普通の病気であり、早期発見できれば元気になる人はたくさんいることを知っていただいて、がんのイメージを変えていきたい、というのが私の願いです。がんと診断されたからといってパニックになったり、頭が真っ白になったりするのではなく、誰もがなる可能性がある病気として、健康なうちから自分たちががんになったらどうするか、落ち着いて対処を考えられるぐらいになれればと願っています。

健康なうちから、がんに関する知識の普及啓発を進めていくことも重要なのですね。

第3期がん対策推進基本計画では、子どもに対するがん教育が盛り込まれています。がんの細かな情報は抜きにして、やはり自分の命には限りがあるのだということ、がんは命の問題なのだということなのです。その命の大切さについて子どものうちからしっかりとした教育を受けることはとても大事なことです。文部科学省と厚生労働省が連携して、教育のカリキュラムの一環として子どものがん教育をスタートさせたことは非常に大きな意味があると思います。喫煙の害や検診の大切さを親が子どもから教えられたり、子どもから検診に行ってと言われると親が動くこともあります。がんの教育というのは、命の教育でもあるのです。

垣添 忠生 先生

がんに負けない社会を

今後、がんサバイバーに対してどのような支援活動を展開していきたいとお考えですか。

患者さんは、がんになったときにどんな治療を受けるのか、その結果どうなっていくのか、生活はどのように変わるのかなどのように、先のことが分からないことに大きな不安を抱えています。大学時代の親しい先輩で、ノーベル賞の有力候補と目されたある物理学者ががんで亡くなる前に、「がん患者は自分と同じような状態の人がどんな治療を受けて、その結果どうなったかを知りたいんだ。垣添さん、そういうのをつくってよ」と遺言のように言い残して亡くなりました。そういう情報が蓄積されれば、他の患者さんも抗がん剤治療を受けたらどうなるのかといった予測ができるようになります。最終的には「がんサバイバー・クラブ」のウェブサイトにそういったがん治療の経験談を載せたいと思っています。しかし現実には、営利目的の内容を排除したり、医学の専門家による評価も必要であり、プライバシーにもかかわる問題なのでなかなか難しいというのが現状です。
その前段階として、同じような抗がん剤治療を受けている人と会話やチャットができるような空間を設けたり、抗がん剤治療で食欲が落ちた人がどのような食事なら食べられる、あるいはどのような調理法が良いといった生活情報を提供できればと考えているところです。

がんだけではなく、脳卒中など他の疾患でもサバイバー支援を模索する動きがあります。そのなかで、他疾患に先駆けてがん領域は法制化され、対策が進んでいますが、何が原動力なのでしょうか。

がん対策基本法が成立し、がん登録推進法が2016年に動き出したことで、日本のがん医療は間違いなく大きく変わりました。がん対策基本法もがん登録推進法も、十数年にわたり日本のがん医療はおかしいのではないかと訴え続け、最終的に政治が動いたことでようやく実現したわけです。われわれ医療従事者だけではなく、患者さんや家族など国民全体で日本のがん医療はおかしいのではないかと声を上げることが非常に重要なのです。高額な治療費の問題など現時点では解決できていない問題についても、当事者たちがこういう問題で悩んでいるのだということを言い続けることによって世の中が変わっていくのだと私は思います。

最後に、読者へのメッセージをいただけますでしょうか。

がんは誰でもなる病気ですから、がんになっても、がんに負けない社会をつくりましょう。10年後には、「がん=死」という現在のイメージを変えましょう。がん医療は総力戦ですから、日々診療にあたられている医師や看護師や技師をはじめ多くの人たちがそれぞれの部署で努力することによって質を上げ、最高の医療を提供することができれば、それが患者さんや家族の福音につながります。「がん=死」ではない時代が確実に来つつあります。ですから、皆でがんのイメージを変え、がんになっても負けない社会をつくっていきましょう。(了)

垣添 忠生 先生

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