がん患者の疎外感や孤立感、
不安や恐怖からの解放を目指して

日本人の2人に1人ががんになり、3人に1人ががんで亡くなると推計されています。2016年には日本で100万人以上ががんと診断されるなど、誰もががんになる可能性があります。薬物療法など、がん治療の急速な進歩に伴い、治療を受けながら社会生活を送ることが可能となり、がんといかに共生するかが新たな課題となっています。しかし、「がん=死」という固定観念があることから、がんと診断されたことで生活が一変し、偏見や差別により生活基盤である仕事を失ったり、社会とのつながりが絶たれてしまうケースも少なくありません。そこで、日本対がん協会会長の垣添忠生先生に、2017年に設立した「がんサバイバー・クラブ」の概要や「全国縦断 がんサバイバー支援ウォーク」などの活動をご紹介いただきながら、がんサバイバーが抱えている問題や求められる支援について、前・後編にわたりお話を伺いました。

「がんサバイバー」とは

垣添 忠生 先生

本日は「がんサバイバーへの支援」をテーマにお話を伺っていきたいと思います。まず、「がんサバイバー」という言葉の意味についてお聞かせください。

「がんサバイバー」という用語は、日本対がん協会でもアメリカ対がん協会でも、がんを1度でも経験した人、現在治療中の人から治った人までを含めて、がん経験者のことを「サバイバー」と呼んでいます。「Survive」というのは、英語では「生存する」という意味ですから、本来は「生き残る」という意味ですが、現在治療中の方も含めて「サバイバー」と呼んでいます。

なぜ今、がんサバイバーへの支援が注目されているのでしょうか。

ご承知のように、一生のうち2人に1人ががんになり、年間100万人を超す人ががんになる時代を迎えています。私が医師になった1970年ごろのがんの5年生存率は40%を割っていましたが、今では60%を超えており、がんは早期発見・治療できれば治る可能性のある病気になりました。しかし、依然として「がん=死」というイメージがあります。がんサバイバーは、がんを告知されたときは頭が真っ白になったと異口同音に言います。どうして自分はがんになってしまったのだろうという強い疎外感、孤立感に苦しみ、治療中はいつ再発するか、あるいは転移が起きるかという不安や恐怖にさいなまれる状況にあるのです。この状態を何とかしなければと思い、公益財団法人日本対がん協会は2017年6月に「がんサバイバー・クラブ」という事業を立ち上げました。

垣添 忠生 先生

がんサバイバーが主体となり「がん=死」というイメージを変える

「がんサバイバー・クラブ」では、どのような活動を行っているのでしょうか。

第一に、安心して治療が受けられるようにすること、また、再び社会生活に戻って安定した生活を送ることができるように正確で信頼できる情報を提供することに力を入れています。それから、がん治療を進めていく上で必要な情報や、がん治療経験者が必要とする生活情報、さまざまなイベント情報、がん関連の情報、ニュースなどを日々アップデートして、ウェブサイトなどで提供しています。抗がん剤治療中には副作用などの影響により何もかも投げ出したくなる瞬間があると思うのですが、ウェブサイトには、治療中のつらいときにふと眺めると気が紛れるような美しい写真を集めた癒しのコーナーもあります。それから月に一度、著名ながんサバイバーと私が対談を行い、その動画を毎月更新しています。その他、現在、がん患者が治療を受けながら働くという就労問題がクローズアップされていますが、それに関しては、社会保険労務士による就労に関する無料の電話相談も行っています。

「がんサバイバー・クラブ」はどのように運営されているのでしょうか。

がんサバイバーが中心となって、人と人との対面での支援や、インターネットを活用した情報提供や癒し空間の支援など、がんサバイバーへのさまざまな支援活動を展開していますが、こうした活動を支えているのが、個人または法人のサポート会員からの寄付金です。月に500円でも1,000円でも寄付してくだされば、誰でも会員になることができます。がんサバイバーは推定700万人といわれています。年間100万人が新たにがん患者になるとすると、日本には遠からず1,000万人のがんサバイバーが存在することになります。仮にそのうちの10%、100万人が会員になってくれれば、文字通り国民運動になります。会員が増えれば増えるほど、「がん=死」というイメージが変わり、10年後には、がんは誰でもなる普通の病気の一つというように、がんに対する市民の認識が変わることを願って活動しています。

垣添 忠生 先生

医療費、就学、就労、妊娠・出産、家庭……
がんサバイバーが抱える悩み

がんサバイバーの悩みは世代によっても変わってくると思われますが、それぞれ具体的にどのような悩みを抱えているのでしょうか。

一番深刻なのはお金の問題です。乳がんや白血病では抗がん剤治療が中心ですが、なかには高額な薬剤もありますし、治療が長くなると、たとえ高額療養費制度を利用したとしても大変な問題です。15~30歳前後のいわゆるAYA(Adolescent and Young Adult:思春期と若年成人)世代では、学校に行きながら、仕事をしながら治療を受けるということ、あるいは仕事をどう続けていくか、それに加えて妊娠・出産、家庭生活をどう続けるかといったリアルな問題がつきまといます。また、がん患者全体のうち20~64歳の働く世代のがん患者が約3割を占めていることから、就労も大きな問題です。一方で、70~80歳の高齢者のがんが急速に増えています。がんは基本的には高齢者の病気ですから、超高齢社会を迎えたことで、がんになる人、がんで亡くなる人が増え続けているという状況です。

信頼の置ける最新情報をいかに届けるか

どのような支援が最も求められているのでしょうか。

小児がんや希少がんは患者数が少なく、臨床試験が不十分でエビデンスのしっかりした治療がありません。がんになってもできるだけ安定した暮らしができるよう、希少がんセンターや小児がん拠点病院が地元の病院と連携する仕組みになってはいますが、正しい情報にたどり着けないがために、その恩恵にあずかっていない人も少なくないと思います。ご承知のようにネット情報は玉石混交で、変な情報につかまってしまうと健康食品を売りつけられたり、妙な免疫療法に大金をつぎ込み亡くなってしまう人もいるわけです。ですから、信頼の置ける情報にたどり着くことが非常に重要です。国立がん研究センターのがん対策情報センターでは、できるだけ分かりやすく最新のがん情報を出しています。がんサバイバー・クラブでもリンクを張って、信頼の置ける最新情報を提供しています。がんは誰もがなる可能性がある病気ですから、健康なうちからがんに関する知識を持ち、がんと診断されたらパニックになるのではなく、どう対処すべきか落ち着いて考えられるよう、普段から信頼できる正確な情報にたどり着けるような支援が必要です。
それから、現在、全国に400施設以上あるがん診療連携拠点病院のすべてに相談支援センターが設置され、相談支援体制は整いました。しかし、地域や施設によって温度差があるため、全体の質を上げていくことが次の課題です。各相談支援センターにがん看護専門看護師やがん化学療法認定看護師、メディカルソーシャルワーカーを配置できれば、非常に充実した情報提供ができるのではないかと思っています。

第2期がん対策推進基本計画では、働く世代へのがん対策が重点課題として盛り込まれました。

就労問題は、国のがん対策のなかでも非常に大きな問題になっています。いま、がんと診断された人の約30%が依願退職し、約4%が解雇されています。治療がつらくて仕方なく辞めるという場合もあると思いますが、治療が始まる前に辞めてしまう人も少なくありません。働く人の権利を守る法律やさまざまな手だてがあるのに、それが生かされずに1人で悩んだり苦しんだりしていることもあります。近年は、がん診療連携拠点病院の相談支援センターに社会保険労務士が加わっているところも増えてきていますから、仕事面で困っていることや医療費の支援を受ける方法など、確かな情報を得て対処していただければと思います。

垣添 忠生 先生

モデル疾患として先端を走る

高齢者についてはどのような支援が必要とされているとお考えですか。

いくつになってもがんだと言われると、何とか治療をしてほしいと強く希望される方が大半です。海外では、高齢者をがん検診の対象外としている地域もあります。しかし、高齢者であっても早期に発見できれば治療によって元気に家に帰れる人もいます。ですから、私は高齢者に対しては、死亡者を減らすという働く世代に対するがん検診の目標とは異なり、QOLを維持するという目的で検診を続けてもよいのではないかと考えています。諸外国が年齢制限を設けているからと日本もそれに倣う必要はありません。われわれは超高齢社会のトップを走る国として、世界のモデルにならなくてはいけないと思っています。

がんサバイバーへの支援についても、モデルとしての活動が期待されているのですね。

日本も含めて世界のがん対策は、予防と検診と治療、それから緩和ケアの4本柱から成っています。緩和ケアについては、国も非常に重視しています。治療という側面では、ニボルマブをはじめとする免疫療法が臨床に導入されたことは医学の進歩としては非常に画期的で喜ばしいことですが、高額な医療費がかかります。高額療養費制度により本人の負担は軽減されますが、使用する患者数が増え続ければ、日本が世界に誇る国民皆保険制度の土台がひっくり返る可能性があります。なるべく少ない医療費で大きな成果を上げるには、やはり予防と検診に力を入れていくことが重要です。このように、がん問題というのは医療問題であると同時に経済問題であり、就労上の差別や社会からの疎外といった社会問題でもあり、多層的な問題を含みます。患者数が多いからこそ、がんサバイバーへの支援を含め、モデル疾患として先端を走る必要があると考えています。

垣添 忠生 先生

後編に続く

-------- サイドバー、共通テンプレート --------