声を取り戻すことは日常、
そして生きがいを取り戻すこと

喉頭がんなどの患者が喉頭を摘出後、再び声を取り戻すための代用音声として近年注目されているシャント発声。習得の容易さや音声獲得率の高さから海外では第一選択とされる一方、国内での普及は進んでいません。シャント発声による音声再建の普及に力を注ぐ諏訪中央病院耳鼻咽喉科の増山敬祐先生は、手術で声を失った方たちのコミュニケーション方法を回復させることは、QOLを向上させ、職場復帰を後押しするためにも不可欠だと語ります。後編では、シャント発声の普及に向けた課題や患者の高齢化を踏まえて、患者本人や家族が安心してシャント発声を選択できるために必要な支援の在り方、さらに気管孔呼吸を行う喉頭摘出者の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)予防対策について伺いました。

シャント発声による音声獲得率は90%超

シャント発声にはどのような手術が必要なのでしょうか。

シャント発声には、シリコーン製のプロヴォックスという器具であるボイスプロステーシスを装着して喉頭摘出によって分離した食道と気管をつなぐ方法と、手術方法の工夫で空気の通り道を作成する天津あまつ法があります。天津法は日本で開発された術式で、うまく機能すれば誤嚥なく一生発声可能な方法です。天津法には器具が不要という利点があるため、高価な医療器具を使用できない発展途上国で多く施行されているようですが、誤嚥リスクがあることなどから、現在ではボイスプロステーシスを使用したシャント発声が世界的には主流となっています。

シャント発声で声を取り戻すことができる患者さんはどのくらいいるのでしょうか。

山梨大学では、2011年からボイスプロステーシスを使用したシャント発声による音声再建に取り組んでおり、喉頭がんや下咽頭がんの患者さん47人(うち43人が男性)にシャント発声の音声再建を行ってきました。そのうち、発声が可能(音声獲得)となったのは46人(98%)で、うち41人(87%)はシャント発声で日常会話を行っています。他施設からも、音声獲得率は90%を超えると報告されています。

多くの方が声を取り戻すことができるというのは朗報ですね。

がん患者の高齢化が進むなか、喉頭摘出が必要な患者さんの高齢化も進んでいます。喉頭摘出後の音声リハビリテーションについては地域の患者会に委ねているのが現状ですが、入会者が減り、発声訓練を指導する側の患者さんの高齢化も進んでいます。こうした現状を踏まえると、特別な発声訓練をしなくとも自分の声によるコミュニケーションを取り戻すことができるシャント発声は、選択肢の一つになるのではないかと思います。

どのような患者さんがシャント発声を選択されているのでしょうか。

色々な方がいますが、まずは若い方ですね。職場復帰や社会復帰を支えるという点からも、声を取り戻すことは非常に大事なことです。ある教職に就かれている方は、退院後に職場復帰され、50分間シャント発声で講義をされている様子をビデオに撮って送ってくださいました。とても感動的で、勇気づけられました。
片言でも話せるということは、QOLの向上という観点からも重要です。なかには80代の患者さんで、「奥さんに感謝の気持ちを伝えたい」とシャント発声を希望された方もいます。お孫さんと話したり、声によるコミュニケーションを失うことなく年を取れるということは、生きがいにもつながります。

進む喉頭摘出患者の高齢化
多職種による地域ケアの整備が不可欠

海外では主流となっているシャント発声ですが、日本で普及が進んでいないのはなぜでしょうか。

シャント発声で用いるボイスプロステーシスには逆流防止弁があり、その周りに痰や食べ物の汚れが付着していると、水や食べ物が気管に入ってしまいます。そのため日常的に管理が必要で、数カ月に一度はボイスプロステーシス交換のために通院する必要があります。高齢者にとっては、介護が必要になった場合に誰がその管理・ケアを担うのかが問題になってきます。
実際に、山梨大学ではこれまで3人の患者さんがシャント孔を閉鎖していますが、そのなかには加齢に伴い本人によるボイスプロステーシスのケア・管理が難しくなったことが原因で抜去を決めた方もおられました。その患者さんの場合、最初に家族から抜去について相談がありましたが、本人の継続意思が強かったため、訪問看護サービスや近隣の開業医の先生、耳鼻咽喉科の先生にご協力いただき、ボイスプロステーシスのケアや音声リハビリテーションを行っていただいた結果、6年間ほど継続することができました。しかし、その後は継続が難しくなり抜去に至りました。
患者さんの高齢化が進むなか、本人や家族が安心してシャント発声を選択できるようになるには、今後、介護施設や地域ケアを担っている医師、訪問看護師とも連携し、多職種による支援がより一層重要になると考えています。

他にはどのような点が課題となっているのでしょうか。

これまでは経済的負担も、シャント法が普及しない要因の一つでした。喉頭を摘出すると鼻の機能が失われるため、その機能を人工鼻で補う必要があります。人工鼻や固定用品(アドヒーシブ)は数日で交換が必要となる消耗品ですが、保険適用される施設が限定されている上に限られた枚数しか支給することができなかったため、自己負担は月に2万円程度かかっていました。

人工鼻とは、どのような器具なのでしょうか。

喉頭を摘出すると永久気管孔を通して呼吸をするため、吸った息は鼻を通らず直接肺に入ります。鼻には外から入ってくる空気を温め、湿気を与えたり(加温・加湿機能)、細菌やウイルスなどをろ過・除去するといった働きがあります。こうした鼻の機能を補うのが人工鼻で、アドヒーシブという固定用品で気管孔に装着します。シャント発声を行う際には人工鼻を押さえて気管孔をふさぎ、呼気がシャントを通って食道に入るようにすることで発声します。人工鼻とアドヒーシブは消耗品で、一部の市町村では障害者総合支援法に基づく「日常生活用具」として給付されていましたが、給付対象となっていない自治体も少なくありませんでした。
しかし、2020年9月からは在宅患者を対象に保険適用となり、施設要件や枚数制限がなくなりました。外来もしくは薬局での受け取りも可能になったため、今後は患者さんの利便性向上が期待されます。

ウイルス除去機能付きの人工鼻は
新型コロナウイルス感染症予防に有用

増山先生は山梨県における人工鼻とアドヒーシブの「日常生活用具」の給付率向上に尽力されてこられたと伺っています。

2011年からシャント発声を導入してきましたが、患者さんに勧めるからには経済的な支援まで視野に入れる必要があると考え、地元の市町村長らと面会を重ね、喉頭摘出患者の身体的、心理的、社会的課題をお伝えして、経済的負担の軽減への理解を求めてきました。山梨県では山梨大学と県との地域連携事業をきっかけに、シャント発声者が居住するすべての20市町村で人工鼻とアドヒーシブが「日常生活用具」の給付対象と認められ、2018年1月時点で助成率100%を達成しました。

先生方の自治体への働きかけが実を結び、在宅患者への人工鼻等の保険適用の拡大につながったのですね。

特に今は新型コロナウイルス感染症予防の観点からも、保険適用となったことで全国どこでも同じ負担で人工鼻を使用できるようになったことは朗報だと思います。

人工鼻は新型コロナウイルス感染症予防にも有用なのでしょうか。

気管孔呼吸では、気管孔からエアロゾルが出ます。人工鼻はさまざまな生活の場面に合わせて使えるようにいくつか種類が用意されています。そのなかには、花粉やウイルスをカットできるタイプの人工鼻(マイクロンHME™)もあります。気管孔呼吸の方は細菌やウイルス感染を起こしやすく、エアロゾルにより他人に感染させてしまう可能性もあるので、感染予防という観点からも保険適用が拡大されたことは良かったと思っています。マスクの着用や手指消毒を含めた自己管理の一環として、こうした用具を感染予防に上手に取り入れていただきたいですね。

社会や職場の理解を深め
継続的なリハビリ支援体制の拡充も今後の課題

今後、シャント発声が社会に広く浸透していくためには、どのような課題があるとお考えですか。

山梨大学でシャント手術を行った47人の平均年齢は68歳(53~84歳)とまだ退職前の患者さんも少なくないのですが、2015年までに実施した37人のうち、手術前に就業していた13人中11人の方が仕事に復帰することができています。
ただし、当事者に行った別のアンケート調査では、術後に離職したり、対外的業務から外されて事務仕事へ配置替えになったり、会社での評価が下がって降格した人もいるなど、職場復帰への道のりは容易ではありません。今後、喉頭摘出患者に対する社会や職場の理解を深めていくことも課題の一つです。
また、普段シャント発声を使用している人でも電話での会話や音量、音質に不自由を感じている人も少なくないとの調査結果もあり、音声獲得後も継続的な音声リハビリテーションの支援が必要です。

最後に、読者へのメッセージをお願いいたします。

抗がん剤治療を併用した化学放射線治療が広く行われるようになったこともあり、喉頭摘出を回避できる症例が多くなってきてはいるものの、どうしても喉頭摘出を免れない方もまだまだたくさんいます。喉頭温存率は高くなっていますが、その方たちを長い経過で見ると誤嚥性肺炎で亡くなる方が増えているという現状があります。喉頭摘出は最終的な誤嚥防止手術でもあるため、今後も選択肢として残っていくと思います。
声を取り戻す方法にはいくつかの選択肢があり、それぞれにメリットとデメリットがあります。シャント発声は、特別な訓練を行わずとも術後早期に話せるようになるのが大きな利点ですが、管理面などの課題もあります。発声法の選択肢にはそれぞれ良し悪しがあるので、その人の生活スタイルや生活環境などに応じて選択していただくことが大切です。その時に、適応のある患者さんについては、シャント発声も選択肢の一つとして考慮していただければと思います。(了)

増山敬祐先生と福島啓文先生(がん研有明病院)の編集による単行本「新しい声と生きる ~がんで失った声をシャント発声で取り戻す~」が2020年に発行されました。医療従事者と患者さんが一緒に作った本です。

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