がんで失った声を取り戻すシャント発声
~喉頭摘出者の新たな選択肢に~
喉頭がんなどにより、声帯を含む喉頭を摘出して発声機能を失った人たちのために、失った声を取り戻す方法がいくつかあります。わが国ではこれまで、食道発声や電気式人工喉頭を用いた発声法が広く普及していましたが、近年、ボイスプロステーシスと呼ばれる気道と食道をつなぐシリコーン製チューブを用いたシャント発声が注目されています。従来の代用音声に比べて術後早期から比較的容易に声を取り戻すことができるなど大きなメリットがある一方で、高齢患者に対する埋め込み器具のケアや管理などの課題が指摘されています。シャント発声の普及や患者支援に取り組む諏訪中央病院耳鼻咽喉科の増山敬祐先生に、喉頭摘出患者の現状やシャント発声の特徴、さらに普及に向けた課題について伺いました。
国内の喉頭摘出患者は推計1万~2万人
喉頭摘出術はどのような患者さんに行われるのでしょうか。
喉頭摘出術は、主に喉頭がんや下咽頭がんに対して行われます。喉頭がんの場合、進行度や部位などに応じて手術か放射線治療かを検討します。早期がんの場合は喉頭を部分的に切除して喉頭と声を残す治療(喉頭温存手術)を検討しますが、より進行したがんでは多くの場合、全体的に切除する手術(喉頭全摘出術)を行うことになります。喉頭全摘出術が行われると声を失い、さらに下咽頭がんでは食事の通り道である咽頭も失うことになり、呼吸は首に造設した永久気管孔で行うことになります。
日本における喉頭摘出患者はどのくらいと推計されているのでしょうか。
国内の患者数は1万~2万人程度と推計されています。日本頭頸部癌学会による「頭頸部悪性腫瘍全国登録」データ(2017年版)によると、193施設における2017年の喉頭摘出(全摘)例は、1,096件と報告されています。これはあくまでも調査参加施設のみの集計のため、実際の患者数はもっと多い可能性があります。
喉頭がんや下咽頭がんの患者さんにはどのような特徴がありますか。
喉頭がんの患者数は50歳代から増加し、70歳代でピークを迎えます。男性に多くみられ、喫煙および飲酒がリスク因子として知られています。禁煙が進んでいることから喉頭がんは減少傾向にありますが、超高齢社会で高齢のがん患者が増えるなか、喉頭がん患者の高齢化も進んでいます。
下咽頭がんも50~70歳の男性に多いがんで、特に過度の飲酒がリスク因子です。日本人の約40%にアルコール分解酵素が遺伝的に少ない(低活性型ALDH2)人が存在するといわれています。飲酒するとすぐ顔が赤くなる人たちです。そういう人たちが過度に飲酒するとアルコールの中間代謝産物であるアセトアルデヒド毒性により、下咽頭がんや食道がんを引き起こしやすくなることが分かっています。したがって下咽頭がんには食道がんを合併することもあり、上部消化管内視鏡検査が必要です。
60代というとまだまだ定年退職前の働き盛りの年代ですから、喉頭摘出により日常生活に支障を来してQOLが低下するほか、仕事を失うなど、生活への経済的な影響もありますし、社会的にみても労働力を失うことになりますから、その損失は小さなものではありません。
喉頭摘出で日常生活にはさまざまな影響が
喉頭摘出により、日常生活にはどのような影響が及ぶのでしょうか。
喉頭を摘出すると呼吸と食事の通り道が分離されるため、喉の機能である、声を出すこと、食べること、呼吸をすることに影響が及びます(図)1)。最も大きな影響は、発声機能の消失、つまり声を失うことではないでしょうか。
食べることに関しては、喉頭がんと下咽頭がんでは直面する問題はやや異なります。喉頭がんの場合は、食事の通り道である咽頭を残すことができます。食事の通り道が狭くなるのでよく噛んで食べる必要はありますが、食事への影響はほとんどありません。一方、下咽頭がんの場合は喉頭だけではなく食事の通り道である咽頭も切除し、場合によっては食道も切除するため、小腸などで咽頭と食道を再建する必要があります。しかし、腸と食道とでは当然動きが異なります。腸で再建すると、腸の
呼吸に関しては、喉頭を全摘すると永久気管孔から呼吸をすることになり、鼻呼吸ができなくなります。鼻には加温、加湿、外気中のウイルスなどの除去といった機能がありますが、永久気管孔にはそれらの機能はありません。ですから、永久気管孔から低温で乾燥した外気が気管支や肺に直接入ってくると下気道が乾燥してしまいますので、その結果として痰が増えたり、感染症リスクが高まります。
そのほか、鼻がかめない、匂いが分かりにくくなるため食事の味が分かりにくい、ガスなどの危険な匂いを察知できない、口から息が吐けなくなるので熱いものをふうふう吹けない、力めないので便秘がちになったり重い物を持ちにくくなる、永久気管孔に水が入ると窒息するためお風呂は肩までしか漬かれないなど、日常生活のさまざまな場面で困ることが増えます。一方、喉頭摘出により気道と食道が分離するため誤嚥をしなくなるという利点もあります。
図 手術前後の呼吸と食物の通り道
四宮弘隆. のどの手術後の機能変化 (1)失声、嚥下障害、嗅覚の機能低下・消失など全般的な問題. 新しい声と生きる(増山敬祐, 福島啓文編集). 東京:メディカルレビュー社;2020. p.53より引用
身体的な変化に伴い、生活に大きな影響が及ぶわけですね。
そうですね。しかし、身体的な影響だけではありません。がん患者さんには再発や転移の不安がつきものですが、喉頭がんや下咽頭がんなどの頭頸部がんでは重複がんへの不安も付きまといます。さらに、こうした身体や生活の変化により大きな不安を抱えることになりますので、心身ともに大きな影響が及びます。そして、手術後に生じる最も大きな変化は、やはり声を失うことだと思います。
失った声を取り戻す「代用音声」
欧米ではシャント発声が主流に
喉頭摘出により声を失った人が声を取り戻すには、どのような方法があるのでしょうか。
喉頭摘出により失った発声機能を補う「代用音声」の方法としては、食道発声、電気式人工喉頭、シャント発声の三つが代表的です。それぞれ特徴があり、利点と欠点があります(表)2)。
食道発声は特別な器具を必要としない発声方法ですが、声を出せるようになるには長時間の訓練が必要です。声の獲得率は40%と、必ずしも全員が習得できるわけではありません。
電気式人工喉頭は、振動体を首や頰に押し当てて発声する方法です。この方法は抑揚のない機械的な声という欠点はありますが、習得が容易で、障害者総合支援法に基づく「日常生活用具」の給付対象として自治体からの助成が受けられるという利点があります。
シャント発声は、手術で気管と食道をつなぐ連絡路(シャント)をつくり、呼気で食道の粘膜を振動させて声を出す方法です。習得が比較的容易で、これらの代用音声のなかでは最も自然で質の良い声になります。一方、手術が必要であることや、埋め込み器具の定期的な交換やメンテナンスが必要となるため通院を要し、維持費用がかかるといった課題があります。
表 声を取り戻す主な方法(代用音声)の利点と欠点
福島啓文. 声を取り戻すために (1)総論:代用音声の概要と比較. 新しい声と生きる(増山敬祐, 福島啓文編集). 東京:メディカルレビュー社;2020. p.67より引用
代用音声はどのように選択されるのでしょうか。
患者さんの仕事や生活スタイルなどの生活環境、家庭環境、経済環境などを考慮し、それぞれの特徴を踏まえて選択していくことになります。正確な統計はありませんが、日本では約半数が食道発声、電気式人工喉頭が30~40%、シャント発声が10~20%程度ではないかと推測されています。
一方、欧米ではシャント発声が主流で、普及率は国によって異なるものの、特にオランダでは95%がシャント発声とされています。イギリス、オーストラリアでは80%以上、フランスでは約50%、アメリカではシャント発声と電気式人工喉頭が一般的と報告されています。わが国におけるシャント発声の患者数は製品の出荷数から約2,000人と推計されており、喉頭摘出者が1万~2万人であることを踏まえても、シャント発声は広く普及しているとはいえません。
短期間で習得でき、音声獲得率も高いシャント発声
日本で食道発声や電気式人工喉頭が広く普及しているのには、どういった背景があるのでしょうか。
食道発声と電気式人工喉頭に関しては、以前から日喉連(特定非営利活動法人日本喉摘者団体連合会)などの患者会が発声教室を各地で開催し、患者同士による訓練・指導が広く行われてきました。指導する発声訓練士も喉頭摘出者で、ほかの患者さんが声を取り戻すことをサポートしています。近年、シャント発声訓練を取り入れている患者会も増えつつあるようですが、日本では患者会を中心に患者同士で互いに助け合い、食道発声の獲得が優先されてきた歴史もあり、シャント発声の導入や言語聴覚士が発声指導を担うといったサポート体制の構築は海外に遅れをとっています。このように患者会が中心となり、発声を習得した患者さんが指導役を担っているというのは日本独自のスタイルです。そして患者会があること自体、海外ではスペインやイタリア、ドイツなどを除いて極めて稀です。
患者会が発声訓練を担ってきたというのは、世界的にも珍しいことなのですね。
患者会というのは発声訓練のためだけではなく、情報交換の場でもありますし、非常に重要な存在だと思っています。普段の診療では日常生活や込み入ったことまで医師が話すことはなかなか難しいので、患者同士で情報を交換したり、悩みを共有したりするのは非常に有意義なことだと思います。
増山先生がシャント発声の普及に力を注ぐようになったのは、どういった経緯からでしょうか。
これまで病院ではがんの治療がうまくいったかどうかが主な関心事で、その後の生活に関わることはほとんどありませんでした。術後の発声リハビリテーションについても、退院後に患者会で食道発声や電気式人工喉頭で発声を獲得できているだろうと任せていたのです。ところが、どうも必ずしも全員が発声を習得できるわけではないということが分かってきました。この問題にはもっと早く気付くべきだったと大いに反省しています。
声を失うということは、誰にとっても非常にショックなことだと思うのです。声が出なくなるくらいなら手術をしたくない、死んだ方がましだとおっしゃる患者さんもいます。そこでコミュニケーションの手段として何とか声を取り戻していただきたいという思いから、ほかの発声法に比べて術後早期から短期間で習得でき、音声獲得率も高いシャント発声を積極的に取り入れていこうと思うようになりました。
実際に喉頭がんの患者さんに喉頭摘出時にシャントを留置するという一期的再建を行ったところ、退院時には話せるようになり、その姿を見て衝撃を受けました。これまで喉頭摘出後の患者さんは退院時には話せないことが当たり前でしたので、声を取り戻して退院できるというのは衝撃的なことだったのです。
文献
- 四宮弘隆. のどの手術後の機能変化 (1)失声、嚥下障害、嗅覚の機能低下・消失など全般的な問題. 新しい声と生きる(増山敬祐, 福島啓文編集). 東京:メディカルレビュー社;2020. p.53
- 福島啓文. 声を取り戻すために (1)総論:代用音声の概要と比較. 新しい声と生きる(増山敬祐, 福島啓文編集). 東京:メディカルレビュー社;2020. p.67
(後編に続く)