「子どもと家族の当たり前の暮らし」を
支える小児在宅医療
小児在宅医療の主な対象は、重度の知的障害と肢体不自由が重複する「重症心身障害児」や、人工呼吸器や痰の吸引、経管栄養などの医療的ケアが日常的に必要となる「医療的ケア児」と呼ばれる医療依存度の高い子どもたちです。医療技術の進歩を背景に生まれた医療的ケア児は全国で約1万9千人と推計されており、その数は増加の一途をたどっています。一方で、そうした医療依存度の高い小児やその介護を担う家族を支える在宅医療や社会福祉制度は十分ではありません。後編では、訪問診療と並行して医療依存度の高い小児を在宅で介護する家族を支援するさまざまなサービスを提供しているひばりクリニック院長の髙橋昭彦先生に、「子どもと家族の当たり前の暮らし」を支える取り組みや小児在宅医療を広めていくための課題についてお話しいただきました。
レスパイトケアは家族支援と同時に
小児の生活の幅を広げる貴重な機会
重症心身障害児や医療的ケア児を対象とするレスパイトケアとは、どのようなものなのでしょうか。
「レスパイト」とは英語でちょっと一息、ひと休みという意味で、「レスパイトケア」というのは、病気や障害がある方を一時的に預かることをいいます。サービスの対象は本人ではなく家族です。家族がほっとひと息ついたり、きょうだいの参観日に夫婦そろって行きたい、外出したいというときに一時的に介護の必要な障害児者をお預かりするケアです。
医療的ケアを必要とする子どもが家で生活するとなると、家族にかかる負担や不安は非常に大きなものと思います。多くの場合、介護を担うのは母親です。ですから、お母さんが体調を崩すと立ち行かなくなります。実際に、人工呼吸器を付けている少年の母親が体調を崩したものの、子どもを預けられる人も場所もなく、お父さんが仕事を休んで介護に当たっている家族がいました。その家族の姿を目の当たりにしたことをきっかけに、家族が当たり前の暮らしができるような手伝いができないものかと思い、2008年に日中の一時預かり事業「うりずん」を始めました。
「うりずん」では、日中の通いのレスパイトケアを提供しています。
レスパイトケアの目的は介護者を介護から解放することですが、子どもにとっても重要な意味があります。自分のケアを親以外の他人に委ねる貴重な機会であり、子どもの生活の幅を広げる体験を増やすことができます。
私たちは「安全・安心・安楽」をモットーにケアに当たっています。「うりずん」では、子どもを安全にお預かりして家族に安心していただくだけではなく、安楽、つまり本人が楽しめることを大事にしています。子どもたちがストレスなく楽しい時間を過ごすには、まずはスタッフも楽しく仕事をしていることが大切です。お預かりしているのは医療依存度が高い子どもたちなので、どうしても病院にいるのと変わらない対応をしてしまいがちです。しかし、それでは子どもに心から楽しんでもらうことはできません。ですから、看護師やヘルパーなどのスタッフには常日頃、「あなたの免許証は普段はしまっておいてください。職種にかかわらず、普段はお子さんとしっかり楽しく遊んでもらって、必要なときだけ専門職としてのスキルを活用してください」と伝えています。



「うりずん」では、子どもを24時間介護している家族が介護から離れてひと休みすることができ、医療的ケアを必要とする子どもたちは友だちと楽しく日中を過ごすことができます。定員5名。
悲壮感は薄れるも依然として家族に重い負担
2008年に「うりずん」を開所されてから11年経ちましたが、その間にどのような変化がありましたか。
最近では、痰の吸引ができるお父さんも増えており、家族介護の在り方が少しずつ変わってきています。これまではお母さんがフルタイムで働くことは難しく、10年ほど前は仕事を続けるという選択肢はありませんでした。最近では、居宅訪問型保育という特別な保育制度や時間短縮制度を活用して仕事復帰されているお母さんもいます。
第一子が医療依存度の高い子どもの場合、二人目の出産を躊躇される方は少なくないのですが、「うりずん」を利用している家族のうち、人工呼吸器を付けた子のお母さん6人が、次のお子さんを出産しています。「うりずん」のかかわりだけで出産を決意されたとは思いませんが、きっかけにはなったかもしれません。先日も人工呼吸器を付けている1歳児のお母さんから「妊娠しました」と言われました。あまりにも明るくあっけらかんと仰るお母さんに対して、われわれ医療スタッフの方があたふたしてしまい、出産時に上の子をどのようにケアしようかと相談しているところです。以前は自分が何とかしなければと1人で頑張っておられるお母さんが多かったのですが、今では人工呼吸器を付けた子のお母さん同士の交流も生まれ、そのことをきっかけに仕事への復帰や二人目の出産を望む方も出てくるなど、お母さんたちの悲壮感が少しずつ薄れてきている印象を持っています。
とはいえ、まだ3時間に1回は吸引や体位変換が必要で連続した睡眠が取れなかったり、医療機器のアラームが鳴れば即座に起きなければならなかったりという状況は変わっておらず、親御さんの負担が大きいことに変わりはありません。きょうだい児への影響も大きいですし、普通の家族が当たり前に過ごせるような社会の仕組みには程遠いというのが現状です。


「うりずん」に併設する児童発達支援(重症心身障害児対応)の「はりゆん」は、未就学児の成長発達を促す支援を行う日中活動の場で、定員5名(最大7名)まで預かるサービスです。テーブルを囲んで工作するなど、子どももスタッフも遊びながら楽しく過ごします。

マッサージなどの触れ合いを通して子どもとスタッフ、子ども同士でのコミュニケーション能力が培われます。家の外に出て友だちをつくったり多くの人と出会うことは、子どもの成長に欠かせません。
人材育成や法的整備に課題も
社会の理解はまだまだ不十分
家族に重い負担がかかっている背景として、現行の社会福祉制度は重度の知的障害と肢体不自由を併せ持つ重症心身障害児を念頭に設計されており、医療技術の進歩に伴い新たに生まれた医療的ケア児は制度の狭間に置かれてきたことが一因として指摘されています。その状況は変わってきているのでしょうか。
2016年に児童福祉法と障害者総合支援法が改正され、「医療的ケア児」という言葉が行政用語になりました。それまでは現状が把握されていなかったのですが、法改正を機に全国調査が進み、医療的ケア児の存在がようやく認められました。自治体が医療的ケア児の支援の努力義務を負うことになり、小児在宅医療の体制構築に向けた施策が少しずつ進んでいます。
小児在宅医療は医師だけではなく、看護師、保健師、ヘルパーなど多職種のかかわりが不可欠です。医療依存度の高い小児が地域に帰ってきたときにどうするかといった症例検討からきょうだい児のケアまで、多職種によるグループワーク研修を通して、地域のネットワークも広がってきています。そうした点からは、小児在宅医療には追い風が吹いていると感じています。
どのような制度やサービス、社会環境が整えば小児の在宅医療が進むとお考えですか。
訪問診療や訪問看護は医療保険ですが、日中一時預かりなどの事業は障害者総合支援法と児童福祉法の両方の制度を活用して行っています。「うりずん」の事業収入だけでは赤字で、年間1千万円以上の寄付をいただいて何とか運用しているのが現状です。宿泊のレスパイトケアも提供したいのですが、スタッフの確保が難しく、経営的にも難しいため実現していません。
人工呼吸器を付けた子の母親が安心してその場を離れることができる体制は、現在の報酬体系では病院であってもなかなか実現できません。報酬単価の設定だけではなく、場所の確保も課題です。最大の問題は、それを支えるスタッフの育成です。母親の代わりに医療的ケア児をしっかりとみることができる人材を地域で育てていく必要があります。研修を受けたヘルパーは、栄養の注入が可能であっても薬剤の注入は駄目など、法律的にはグレーなゾーンもありますので、法的な整備も必要です。
私たちの活動には、ありがたいことに見ず知らずの方々からも多くの支援をいただいていますが、社会の理解はまだ十分とはいえません。高齢者ケアは、いずれ通る道だからと何となくイメージできるのですが、障害のある子どもの存在は他人事と捉えられがちです。実際には人口の約7%が障害者関連の手帳をお持ちで、これは決して低い割合ではありません。また、すべての子どもが退院して在宅に移行できる恵まれた環境にいるとは限りません。地域に小児の在宅医療やレスパイトケア等、子どもと家族を十分に支える仕組みがなければ重度の障害のある子どもの育児・介護は家族に過度な負担がかかりますし、受け入れ態勢のない地域では新生児集中治療室(NICU)からの退院後は療育センターに入るなど、自宅で生活することは厳しいのが現状です。そして環境やサービスを整えるためにも、障害のある子どもを持つ家族を社会全体で支えるのは当たり前のことだという認識が広がれば、医療的ケア児や家族を支える社会の仕組みづくりも進んでいくのではないかと思っています。おそらく人工呼吸器を付けた子を見たことがない人がほとんどだと思いますので、そういう観点からも、地域の人と交流する機会をできるだけつくるようにしています。

寄付者の名前を記した「感謝の木」のプレート。米国のホスピス視察時に得たアイデアで、寄付金の額により葉の大きさが異なり、支援者が増えるほど葉が豊かに茂ります。
理想の小児在宅医療を求めて
小児在宅医療に取り組むなかで、どのようなときにやりがいや喜びを感じますか。
お子さんの成長が感じられるとやはり嬉しいですね。体の成長だけではなく精神的な成長が見られたり、表情に変化が出てきたり、コミュニケーションが取れるようになってきたり、心身の成長を間近で見ることができるのは小児科医として嬉しい限りです。当初は酸素吸入が必要だった子が、成長して普通の保育園に通えるようになったときには、ぞくぞくしました。
あともう一つ嬉しいのは、きょうだいたちの笑顔が見られるときです。「うりずん」ではクリスマス会やお祭りなどの行事を行っており、家族で参加してもらっていますが、そうするときょうだい児同士で遊び始めるのです。普段、我慢を重ねているきょうだい児たちが伸び伸びと笑顔で遊んでいる姿を見ると、ほっとします。
最後に、読者にメッセージをいただけますでしょうか。
2001年に米国のホスピスを視察したとき、あるシスターにお会いしました。そこはマザーテレサがつくったエイズ患者を無料で受け入れている施設です。皆さん貧しくてお金が払えないのですが、シスターは、世界中から寄付やボランティアが集まるし、窓が壊れていれば「この窓を直しましょう」という人が現れるとおっしゃっていました。シスターに「日本で小児の在宅医療をやりたい」という話をしたところ、ニコッと笑って「目の前のことをやりなさい。そうすれば必要なものは現れるから」とおっしゃり、なぜかそれがストンと胸に落ちてきました。その2日後の9月11日にニューヨークでテロに遭ったのですが、バスの中から燃えるビルを眺めながら、もし無事に日本に帰ることができたら自分の思う通りのことをやろうと思い、帰国して2週間で開業を決意しました。
小児科医として勤務しているときは、NICUでモニターに囲まれて生きている子たちの退院後の自宅での生活は、まったくイメージできませんでした。開業して自分が全ての責任を取る立場になって在宅医療を始めることができ、やりたいことができるようになってきました。人工呼吸器を付けた少年やその家族との出会い、支援してくださる方々や行政の後押しもあり、レスパイトケア施設「うりずん」を始めることができました。家族をはじめ多くの方にご迷惑をおかけしましたし、綱渡りの連続でしたが、何とか今に至っています。
丁寧にコツコツと取り組んでいると、それを評価して支援してくださる方が現れたりと、不思議な力が働く気がします。忙しくとも、まずは目の前のことにコツコツと笑顔で取り組んでいくことを大切にしていただきたいと思います。そうすると、何かいいことがあるかもしれません。(了)

「うりずん」。ひばりクリニックと「うりずん」は、芝生を囲んでつながっています。地域の人から寄付されたピアノが置かれた部屋は地域に開かれた共有スペースで、医療的ケア児等のお母さん同士の交流も生まれています。芝生に面した部屋には開放感のある大きな窓が並び、子どもたちはその窓から芝生に移動して日光浴や水浴びをすることもあります。
特定非営利活動法人うりずん
住所:栃木県宇都宮市徳次郎町365-1
理事長:髙橋 昭彦
常勤15人(看護師2人、介護士8人、保育士2人、相談支援専門員1人、事務2人)、非常勤8人(看護師4人、介護士2人、保育士1人、事務1人)。
利用定員:1日16人(日中一時支援5人、児童発達支援5人、放課後等デイサービス5人、居宅訪問型保育1人)
営業日:月・火・水・木・金・土(各サービスにより利用日と時間は異なる)
登録者数:79人(2019年12月現在)