医療依存度の高い小児と
家族を支える小児在宅医療

近年、新生児医療や小児医療の領域では、医療技術の進歩による救命率の向上に伴い、後遺症や障害により人工呼吸器などの高度な医療的ケアを必要とする小児が年々増加しています。超高齢社会に備えて高齢者を対象とする在宅医療の整備が進められてきた一方で、医療依存度の高い小児や障害がある小児を対象とした在宅医療の体制や地域資源は十分とはいえず、長期入院児の地域移行はなかなか進んでいません。本稿では栃木県宇都宮市で小児科・内科の外来と在宅医療を行う傍ら、重症心身障害児者や医療的ケア児の日中一時支援(レスパイトケア)をはじめ、患児と家族の生活を支える活動を幅広く行っているひばりクリニック院長の髙橋昭彦先生に、小児在宅医療の現状や特徴、医療依存度の高い小児が地域で暮らすことの意義、そのために必要なケアや家族支援の在り方などについてお話を伺いました。

医療的ケアが必要な小児が急増
人工呼吸器を付けた小児は10年で10倍以上に

髙橋昭彦先生

ひばりクリニックの概要を教えてください。

2002年5月に開業し、17年が経過しました。私のベースは小児科ですが、プライマリケア医として0歳の赤ちゃんから100歳の高齢者まで診ています。午前中は外来診療、午後は在宅医療、24時間体制で往診も行うスタイルで、地域のかかりつけ医として診療を行っています。半日の在宅医療で4~6件ほどの訪問を行っています。現在は約80人が在宅医療を利用されており、そのうちの約2割が小児です。なお、その2割には小児期から移行期を迎えた30歳までの患者も含んでいます。

先生はクリニックと並行して、医療的ケアが必要な小児のためにさまざまなサービスを提供されています。

2008年に人工呼吸器、気管内や口・鼻の吸引、経管栄養などの医療的ケアが必要な小児の日中一時支援を行うレスパイトケア施設「うりずん」を立ち上げました。その後、見守りや入浴などを自宅で行う「居宅介護」に加え、外出時の支援を行う「移動支援」、障害のある未就学児を対象に日常生活における基本的動作の支援などを行う通所の「児童発達支援」、障害のある就学年齢の子どもが放課後などに通う「放課後等デイサービス」、集団保育が難しい幼児に自宅で1対1の保育を提供する「居宅訪問型保育」、障害児者の相談に乗りサービスの調整を行う「相談支援」を開始しました。

長期にわたり療養や医療的ケアを要する小児が増加していると聞きますが、その背景や現状についてお聞かせください。

医療の進歩、特に新生児医療が進んだことで、以前には考えられなかったような小さなお子さんも救命できるようになってきました。しかし、新生児集中治療室(NICU)で治療を行って救命できたとしても、障害が残り、経管栄養や人工呼吸器、痰の吸引、酸素吸入が必要な小児がいます。いわゆる医療的ケアが必要な小児は全国に約1万9千人いると推計されており、このような従来の重症心身障害児の枠に入らない、医療機器や高度医療に依存する小児の数は年々増え続けています。しかも、そのうちの約2割は人工呼吸器を付けた子どもです。医療的ケアが必要な小児は10年で約2倍に増えており、なかでも人工呼吸器を付けた子どもは10年で10倍以上に増加しています。それだけ救命の技術が進歩したということです。
在宅移行後は主に家族がケアを担うことになりますが、特にお母さんに重い負担がかかります。夜間も2~3時間おきに痰の吸引をしたり、1日に5~6回の栄養注入などが必要ですので、多くのお母さん方は睡眠不足であり、3時間以上連続して寝たことがないというお母さんも多いです。また、このような家族を支える社会・福祉サービスは不足しており、医療依存度の高い小児が地域で安心して暮らせる環境が十分に整っているとはいえません。

長期入院児の増加に伴い、病床稼働率の向上を図るためにNICUや小児科病棟から地域への移行が進められていますが、医療依存度の高い小児に対応できる小児在宅医療はあまり進んでいません。何が障壁になっているとお考えでしょうか。

高齢者医療の世界では、往診という形で患者さんの自宅に赴いて診療を行う文化が昔からありましたが、小児の場合はたいていお母さんが抱っこで病院に連れてくるため小児科医は在宅医療に関するイメージを持っておらず、在宅医療の教育も受けたことがなく、ノウハウを持っている小児科医もほとんどいません。小児の在宅医療という文化がないことが一番の問題です。
ただ、20代や30代の交通外傷や脊髄損傷、脳性麻痺の患者さんを診ている内科や成人の診療科の医師が、「10歳ぐらいまでなら」「8歳ぐらいまでなら」と少しずつ年齢を下げ、なかには赤ちゃんから在宅医療を行ってくださる医師も少しずつ増えてきています。行政や医師会でも小児在宅医療の話題が取り上げられる機会が増えてきており、小児在宅医療は脚光を浴び始めているところです。

ある調査結果によると、在宅医療を行う診療所のうち、42%の診療所で小児の受け入れができず、小児科を主な診療科としている診療所は1,446施設中3.3%未満という数字が出ていました。小児患者が敬遠される背景には小児特有の問題もあると聞きますが、具体的にどのようなことが問題なのでしょうか。

小児特有の病気や薬について少々勉強していただく必要はありますが、最も重要なのは母親との関係づくりだと思っています。

ダジャレやギャグなどのユーモアは必須です。訪問先の家ではダジャレを飛ばします。つぶやき系のダジャレには思わずクスっと笑みがこぼれ、一瞬で明るい雰囲気に変わります。

診察が終わると、この日は足の爪や修学旅行参加についての相談を受けました。訪問先では小児の生活や家族の健康にかかわることなど、あらゆる相談が寄せられます。先生から家族に希望を聞くこともあります。

小児在宅医療の対象は子どもと家族

小児在宅医療において、なぜ母親との関係づくりが重要なのでしょうか。

お母さんにはわが子を何とかしてやりたいという強い思いがあり、一生懸命です。医療者が「自分は小児科医じゃないんだけれども……」という思いから不安の色を少しでも見せると、母親とのコミュニケーションに障害が出てしまうことがあります。ですので、母親とのコミュニケーションをうまく取りつつ、家族全員をみていくという視点や仕組みが不可欠になります。小児の在宅医療を行う場合は、患児だけではなく、家族全体をみていただくことができれば、ほとんどの場合は問題なく行えると思っています。
例えば予防接種であれば、本人だけではなく両親や祖父母、きょうだいを含め、訪問時に家族全員に打つようにしています。また、下のお子さんが生まれても、お母さんは医療的ケアが必要な上の子を1人で家に置いて外出することはできず、かといって子ども2人を連れて外出することも難しいため、乳児健診に行くこともできません。ですから、予防接種や健診、必要に応じて家族の診療も訪問時に行うなど、家族の負担をいかに減らすことができるかという視点が求められます。
また、医療の問題からは遠ざかりますが、小児の在宅医療では、きょうだい児へのケアも欠かせません。両親はどうしても病気の子どもにかかりきりになってしまいがちなので、きょうだいは寂しい思いをしていたり、無理をしていることが少なくありません。テストで100点を取って帰宅しても、お母さんは痰の吸引に一生懸命で「ちょっと待ってね。後でね」ということが繰り返されると、後に不満が爆発したり不登校になってしまうことがあります。しかし、きょうだい児たちを支える制度はほとんどないのが現状です。
ですから、私が小児患者の家を訪問する際には、きょうだいにも声をかけて「あなたのことに関心を持っていますよ」というメッセージを毎回必ず伝えるようにしています。また、小児の在宅医療では笑顔が大切だと思っていますので、患児の家には、季節ごとに異なる装飾をつけた帽子を被って訪問するようにしています。帽子を見ただけで子どもは笑顔になってくれるんですよ。たまに帽子を忘れると「なんだ、今日は被ってこなかった」と残念そうな顔をされるので、被り物はきょうだい児も含め、子どもたちに楽しみにされているようです。



きょうだい児へのケアも必須です。
中田祐希ゆうき君(9)の家に先生の車が到着した途端、玄関から女の子が飛び出してきて先生に抱き着き、出迎えました。お兄ちゃんの祐希君の診療中も、妹の樹希いつきちゃんは膝に乗ったり被り物の帽子で遊んだりと、髙橋先生の側から離れません。髙橋先生は診療の合い間に最近の出来事を訪ねるなど、きょうだい児とのコミュニケーションにも時間をかけます。

小児宅へは、被り物(装飾帽子)で訪問します。帽子の飾りは季節や天気に合わせて変えるため、訪問先では「今日はどんな帽子かな」と楽しみにされています。取材時は梅雨のため、クルクル回る傘がついた帽子を被ります。帽子はすべてスタッフの手づくりです。

小児の在宅医療と高齢者の在宅医療には、その他にどのような違いがあるのでしょうか。

もともと在宅医療は通院が困難な方を対象としていることから、高齢者の場合は在宅医療を開始すると通院はストップすることが多いのですが、小児の場合は専門医療機関への通院がほぼ100%継続されます。そこが決定的な違いです。ですから、小児の在宅医療を行う場合は、病院医と在宅医との役割分担が重要です。
例えば、病院が人工呼吸器の管理を行っている場合は、病院の地域連携室などと連絡を取り合い、在宅医側で呼吸器の条件を変更することの了承を得たり、病院の指示を受けて在宅医が処方箋を発行するなど、それだけのためにわざわざ遠方の病院にまで行かなくてもよい仕組みをつくるようにしています。そうすると、地域の在宅チームも強化されますし、病院の先生方の負担を減らすこともできます。
在宅医療では訪問看護ステーションや薬剤師など多職種がかかわりますが、制度上では医師が処方箋や指示書を発行するという仕組みになっているので、私としては、できる限りさまざまな職種の方が仕事をしやすい環境づくりができるようにと心掛けています。

先生の訪問時間に合わせて訪問看護師(右)も到着し、祐希君のお母さんの香織さん、看護師、医師の3人で情報を共有します。

在宅療養の長期化に伴い
アドバンス・ケア・プランニングや介護者の高齢化など新たな課題も

小児の在宅医療では、どのような点に難しさを感じますか。

お母さんの心身の調子が崩れると子どもも体調を崩しやすいので、その辺りにも気を使います。通常、医療機関では看護師が3交代で24時間ケアをしているところを、お母さんはずっと1人でみているわけです。小児の在宅医療には、ある意味、お母さんを犠牲にしながら子どもの健康状態が維持されているという側面があります。
それから高齢者の場合、ご本人の体調が下り坂で、歩けていたのに歩けなくなった、食べられなくなってあと3カ月と言われたという段階で在宅医療に入ることが多いため、必然的に最期のことも考える必要があります。「ご飯が食べられなくなったら最期はどこで過ごしたいですか」と笑顔で聞くようにしており、家族とも「お父さんはこうおっしゃっていましたよね」と確認をしながらアドバンス・ケア・プランニング(advance care planning:ACP)を進めていくことができます。一方、成長段階にある子どもは、高齢者のように終わりを予測することができません。実際に交通外傷で余命3カ月といわれて4年経過した子どももいます。小児の場合は短期決戦とは限らないのです。小児がんの場合は最期の迎え方を確認しますが、これから何年頑張るか分からないお子さんの場合は、子どもの方が親や私より長生きするかもしれません。次の医師に引き継ぐときに備えてACPをしておくべきとは思うのですが、親御さんも終末期をイメージできておらず、最期をどこで迎えたいかという話はなかなかできないのが現状です。
それから、成長に伴い、いずれ小児医療から成人医療へ移行するときがきます。てんかんや先天性心疾患など小児期特有の疾患については成人科でも対応が難しいことがあります。在宅医の継続的なかかわりがその解決策になると思っており、今後の検討課題の一つです。

暮らしのなかで経験が培われ、育ちが芽生える

医療的ケアが必要な子どもが病院ではなく自宅、地域で暮らすことには、どのような利点があるのでしょうか。

まず、お子さんの世界が広がります。今まで白い天井を見てモニターに囲まれて24時間過ごしてきたのが、家で寝ているとそよ風が入り、雨の音が聞こえ、お姉ちゃんがランドセルを飛ばしてバタバタって帰ってきて、お父さんが「ただいま」と帰ってきて、時にはおいしそうな匂いがしたり、たまにはお姉ちゃんが泣いていたり。そういった暮らしのなかで経験が培われ、育ちが芽生えます。
病状が安定していれば、児童発達支援サービスなどを利用して外出したり、友達と一緒に遊んだり、学校で勉強したり、遠足に行ったりすることもできます。そのなかで地域の人とのかかわりも増え、楽しいことも寂しいことも含め、たくさんの経験を積むことができます。
例えば、病院では動物には触らせてもらえませんが、肢体不自由で人工呼吸器を付けた女の子を動物園に連れて行ったところ、初めてウサギやカメに触り、その重さや感触を感じていました。1回でも触ると「ウサギって暖かいんだな、柔らかいんだな」という経験を積むことができます。ちなみに、カメは硬くて冷たくて嫌だったと言っていました。うりずんでは年1回、夜の動物園に障害児とその家族を無料で招待するツアーを多くの方々と共同で行っており、動物を見たり触れ合ったりして楽しんでいただいています。その他にも、経験値を上げるという意味では、車椅子でバスに乗ったり、人工呼吸器をつけて飛行機旅行をする家族もいらっしゃいます。当院でも年1回、「そらぷちキッズキャンプ」から招待を受けて、北海道へ飛行機旅行をしています。これまでに8組の家族が参加し、看護師と介護士、私が同行するのですが、呼吸器で首の据わらない子どもは座れないので、飛行機の座席を3つ使って横に寝かせ、モニターや酸素ボンベ、機器類を座席下に置いて乗ります。

稲生光来みつき君(13)は、家族の愛情を受けて、毎日たくさんの経験を積んで豊かな人生を送っています。
お母さんの麻希子さんによると、髙橋先生はどんな要望にも基本的に「それ良いですね~」と実現のために手を尽くしてくれるそうで、質問したお母さんの方が「できるの?」とびっくりすることがあるそうです。
どんな要望にも「できない」と言われたことはなく、呼吸器をつけて寝たきりの状態ですがバスや飛行機に乗ることもできました。「やりたいことを諦めなくてもいいんだ、在宅医療は暮らしがメインでいいんだ」と思えるようになったことで気が楽になり、光来君の表情も明るくなったそうです。光来君と麻希子さんの次の目標は、修学旅行に参加することです。

そういう経験をされると、お子さんに何か変化は見られますか。

大きな変化が見られます。初めて搭乗したときは、普段の脈拍が100未満の子どもが、離陸時に重力がかかると150くらいまで一気に上がり、上空に行くと気圧の関係で酸素飽和度が下がったこともあってアラームが鳴りました。しかし、帰りの飛行機では、脈拍は全然上がりませんでした。一度の経験で慣れたようです。すごい適応能力です。このように子どもたちはそれなりに楽しんでいますし、一度でも飛行機に乗ったら、次は家族だけで旅行に行けるようになるかもしれません。お子さんは、さらに多くの経験を積めるようになると思います。
病院は最も安全な場所だと思いますが、地域のなかでたくさんの人と触れ合いながら経験値をゼロから1に増やしていくことで、体の成長だけではなく、表情が豊かになりコミュニケーションが取れるようになるなど、精神的な成長も実感しています。

後編に続く

中田香織さんは、2人の子育てや家事などの合い間に、「うりずん」でボランティアをしています。

稲生麻希子さんは、髙橋先生の小児の在宅医療に関する報告書作成に研究協力者として貢献されました。

ひばりクリニック
住所:栃木県宇都宮市徳次郎町365-1
院長:髙橋 昭彦
診療科目:小児科・内科・在宅医療
2016年より病児保育「かいつぶり」を併設。

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