認知症になっても
安心して暮らせる社会

認知症研究の第一人者であり、認知症ケアに携わる専門職の人材育成にも尽力されてきた長谷川和夫先生は、2017年に自ら認知症であることを公表した理由を「認知症になっても自分が普通に暮らしていることを知ってもらいたかった」と語ります。認知症対策を巡っては、2019年6月に認知症対策の推進を国の責務と定め、認知症の人が「社会の一員として尊重される社会の実現を図る」ことなどを明記した認知症基本法案が国会に提出され、今後の審議の行方が注目されています。また、2018年にはデイサービス利用中に有償・無償の地域ボランティア活動を行うことが認められるなど、認知症になったら終わりではなく、認知症になっても工夫次第でこれまでと同じように暮らし続けることができますし、できることもたくさんあります。認知症になっても一人の人間として尊重され、その人がその人らしく生きられる社会の実現に向けて何が求められているのか。日々患者と向き合う医療者やケア従事者に向けて、認知症診療・ケアの未来に託す願いを伺いました。 (※前編はこちら

尊厳を支えるケアとは
「その人らしさ」を尊重するケア

長谷川 和夫 先生

先生は「認知症の本質は暮らしの障害」と表現されましたが、認知症のケアにおいて、最も大事なことは何だとお考えですか。

一番大事なことは、暮らしです。認知症の人は暮らしができなくなることが困るわけで、暮らしができたら認知症になっても平気なのです。認知症の人に必要なのは、今まで通りの生活に近づけるためのケアです。衛生や食事、排泄などのケアはその一部に過ぎず、必要なのはその人らしさを支える全人的ケアだと考えています。

「その人らしさを支えるケア」を体現するケアの在り方として、先生は長年、「パーソンセンタードケア」の大切さを訴えてこられました。

「パーソンセンタードケア」とは、「その人を中心にしたケア」「その人らしさを大切にしたケア」という意味です。英国の臨床心理学者であるTom Kitwoodが提唱したケアの理念ですが、彼が書いた『Dementia Reconsidered』という本には、「The Person Comes First」という副題がついています。つまり人が最初に来る、人が第一であり、人を大切にしなさいという意味が込められています。「パーソンセンタードケア」とは、その人の立場に立って、その人が一番利益を得るケアということですが、そのためにはその人のことをよく理解しなければなりません。認知症の人にも一人ひとりユニークな個別性があります。独自の内的体験や自分史を持っており、それがその人の尊厳を形づくっているのです。これがパーソンフッド(personhood)という概念であり、その人らしさを中心に置くケアこそが人の尊厳を支えるケアなのです。

パーソンセンタードケアの概念は、日本に浸透しているとお感じになられますか。

それは、なかなか難しいですね。パーソンセンタードケアとは、その人を中心としたケアであり、その人の言うがままになることではないので、そのことを理解しないといけないと思います。

それでは、認知症の人の尊厳を支えるケアにおいて、医療者やケアの専門職には具体的にどのようなかかわりが求められるのでしょうか。

認知症になると理解力が乏しくなり、すぐに忘れてしまうため、「私が代わりにやってあげましょう」と、本人を人として正面に据えることがなおざりにされて、疾病や症状を対象にしたケアが主流となる傾向があります。大切なのは、当事者の思いや考え、声にしっかりと耳を傾け、受け止めることです。
その人が今、今日は何をしたいか、何をしたくないかを聞いてから仕事を始めましょう。「今日はお医者さんに行きたくないですか」と「したくないこと」を提示するのではなく、「実は今日、お医者さんに行く約束があるんですよ。行ってみませんか。私も一緒について行きますから」といった感じで提案する。強制ではなく、そういった段取りを踏むことは、認知症に限らず人と人との付き合いの上でも大切なことです。
認知症の人の心にしっかりと寄り添い、暮らしのなかで体験する不便や苦悩、悲しみなどを理解して、その人の立場になって、あなたはとても大切な人なのですよという思いで、同じ高さに目線を合わせて接していくことが「パーソンセンタードケア」であり、ケアに携わる人には、ぜひその理念を大切にしていただきたいと思います。

迫井 正深 先生

個々のニーズや体調に合わせた
柔軟なサービス運用に期待

先生は臨床医、研究者、そしてケア職を育成する立場など、認知症にかかわるあらゆる立場から政策に対する提言を行ってこられましたが、今、新たに加わった患者としての立場からどのようなことを提言されたいですか。

以前は患者さんにデイケアやデイサービスを利用することを勧める立場でしたが、今は私がデイケアに通っています。デイケアではお風呂に入れてもらったり、体操や運動を行ったり、寝ていても構いません。介護している家族も助かります。実際に自分で行ってみて、良かったなと思います。入浴サービスでは体や頭を洗ってもらい、さっぱりしてからお風呂に入ります。そして一人ひとりお湯を全部取り替えてくれるのですから、まるで王侯貴族の気分です(笑)。
ただ、時間が長すぎるのが難点です。朝9時から夕方5時まで拘束されると私は疲れてしまうので、時間を短くしてほしいと交渉して、現在は午後2時までにしてもらっています。最初は駄目と言われたのですが、ケアマネジャーに交渉して、再度、自分の希望を伝えました。
認知症に限らず、高齢になれば9時から5時となると結構疲れますし、激しい運動や体操はしない方がいい人もいます。たまには一人静かにのんびり読書をしたい日だってあることでしょう。私と同じことを思っている人は実はもっといっぱいいるかもしれません。認知症のケアは一律的な対応ではなく、できるだけ一人ひとりの生活リズムに合わせて個別に対応していくことが大事だと思います。
私は午前中は調子が良いのですが、昼食後の2時、3時になると疲れが出てきて、認知症の症状が強くなってきてしまうのです。睡眠を取ると脳が修復するのか、翌日の朝はまた普通の状態に戻ります。その繰り返しです。このように、症状に日内変動があるのです。これは大きな発見だと思いました。

迫井 正深 先生

認知症になっても安心して
笑って暮らせる社会を

2025年には高齢者の約5人に1人が認知症を発症すると予測されており、認知症を発症する人は今後ますます増えることが予想されています。これからの時代、認知症患者の増加に伴い、どのような社会を目指していけばよいのでしょうか。

認知症はある程度年齢を重ねれば、誰もがなり得る病気です。大切なのは、認知症になっても安心して暮らせる社会をつくっていくことです。そのためには医療者やケア専門職だけではなく、家族や地域の人たちの理解も大切です。自分が認知症になってみて感じるのは、認知症になった後の自分と発症前の自分とでは、それほど大きな違いはないということです。ですから認知症の人に接するときは、認知症だからといって特別扱いはしなくてよいのです。
ある国際会議で、認知症の当事者が「私は笑うことがとても大切だと思います。だから、家では務めて笑うことにしています」と発言されました。本当に家で笑っているのかどうか知りたくなってしまい、面識もないのに声をかけて連絡先を教えていただきました。思い込んだらとにかくやるというのが僕の最大の長所であり最大の欠点でもあるのですが、後日ご自宅を訪ねると「ああ、よくいらっしゃいました。本当にいらしたんですね」と言って、「あはは」と笑ったのです。そうしたら、奥さんも「ではコーヒーでも入れましょう」と、「あははは」と笑うのです。何かやるたびに、二人で「あははは」と笑うので、これは本物だと思いました。
笑うというのはいいことですね。緊張して笑うということはあまりありませんから。リラックスして笑っている姿は、人間らしくて健康的だと思うのです。認知症になっても、本人やその家族が前向きに、笑いを絶やさずに暮らしていくことは、とても素敵なことだと感じました。私はこれからも明るい気持ちで、笑うことを大切にしていきたいと思っています。

長谷川 和夫 先生

認知症ケアの心を世界に伝えることが
長寿国、日本の使命

最後に、認知症にかかわっている医療者やケア職へのメッセージをお願いします。

私が恩師の新福尚武先生から学んだ最も大切なことは、どんな課題に直面したときでも、何が本質的な問題なのかをしっかりつかむということです。それを解決すれば、たいていの問題は全て解決します。認知症にしてもその他の病気にしても、最も大切な問題点は一つか二つです。ですから、患者さんと接する際にも、患者さんが言いたいことの本質をいかにつかむかが大事だと思っています。
それから、平成の時代は、日本では戦争がなかったことが幸いし、穏やかで、誰もが同じ治療を受けられる良い時代になり、日本は認知症対策や施策、認知症研究において世界をリードするようになりました。今では、日本は高齢化率においても、高齢者医療・ケアの施策においても世界一です。日本ほど認知症に対する政策を細かに決めて行っている国はありません。
日本では、認知症の人は尊厳のないひどい生活を強いられ、辛い思いをしてきた過去がありますし、家族も苦労してきました。試行錯誤を重ねて現在の認知症ケアを築き上げてきたわけですが、この認知症ケアは、言葉や国が違っても共通するものがあります。現在、韓国やシンガポールなどのアジア諸国では、日本を上回るスピードで高齢化が進み、認知症の人が急増しています。これらの諸外国に、看護や介護に習熟した日本人が介護技術を教えに行ったり、それぞれの国に合ったかたちで人材やサービスを輸出し、普及させていくことが、これからの日本の責務ではないかと思うのです。認知症の人を大切にケアすること、それを世界に伝えていくことは、世界一の長寿国である日本に与えられた使命だと思います。
認知症ケアは、地域ケアで対応する時代です。今後は若年性認知症への対応も進めていく必要があります。特に医療・介護関係の専門職の皆さんには、各地域における中核となって、地域ケアを進めていっていただきたいと期待しています。(了)

長谷川 和夫 先生/迫井 正深 先生

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