基礎講座 バソプレシンと心不全
第2回 バソプレシン受容体の生理作用
―ノックアウトマウスの解析結果を中心に―
Fluid Management Renaissance Vol.1 No.2, 64-69, 2011
下垂体後葉から血中に放出されるバソプレシン(arginine vasopressin;AVP)は抗利尿ホルモン(anti-diuretic hormone;ADH)とも呼ばれ,強力な血管収縮作用だけでなく腎尿細管での水再吸収を調節するホルモンとして知られている。AVPおよびAVP受容体作動薬は,尿崩症や消化管出血などの治療薬としてすでに臨床で使用されている。AVPによるその他の新しい治療法として,心機能低下時に起こる低血圧に対してAVPの昇圧効果が有効であるとの研究成果が報告されている。さらに,心不全に伴う低Na血症やレイノー病(Raynaud's disease)におけるAVP受容体拮抗薬による血管収縮抑制効果についても臨床開発が進められている。われわれは,3種類のAVP受容体(V1a,V1b,V2)のなかでV1aおよびV1b受容体について遺伝子欠損マウスを作製し,これらの受容体を介するAVPの生理作用について解析を行っている。その機能解析により,これまでにV1a受容体による血圧調節の新たな仕組みの一端が明らかになってきている。本稿では,V1a受容体欠損マウスを用いた解析を中心に,AVPによる血圧調節機構について概説する。
AVP受容体とその遺伝子欠損マウス
下垂体後葉ホルモンであるAVPは,体液調節,血管収縮,副腎皮質刺激ホルモン(adrenocorticotropic hormone;ACTH)分泌などの多様な生理機能の制御に関与している。AVPの生理作用は,V1a,V1bおよびV2受容体の3つのAVP受容体を介して行われている1)。V1a受容体(V1aR)は,生体のほとんどの組織に発現している。一方で,V1b受容体(V1bR)は下垂体前葉と膵臓で強い発現が認められている。V2受容体(V2R)は,主に腎臓に発現している1)2)。
V1aRは血管収縮,細胞増殖,血小板凝集,糖新生,脂質代謝,蛋白質代謝,耐糖能などに関与しており1)2),V1bRは下垂体からのACTH分泌や膵臓からのインスリン分泌に関与している2)。V1aRおよびV1bRはともにGq蛋白質と共役し,イノシトールリン脂質の加水分解を介して細胞内Caを動員する。V2Rは,腎臓のヘンレ係蹄上行脚(TAL)および集合管に発現し,AVPがV2Rに結合することで,共役しているGs蛋白質によりアデニル酸シクラーゼが活性化される。これによりATPからcAMPが産生され,cAMP依存性のプロテインキナーゼA(PKA)が活性化され,水チャネルであるアクアポリン2(AQP2)により水の再吸収が促進される3)。V1aRは腎臓において傍糸球体装置,TALおよび集合管に発現していることから,V1aRおよびV2Rの両受容体が体液調節に関与していると考えられる3)4)。これまでにわれわれは,V1aR遺伝子欠損(V1aR-/-)マウスおよびV1bR遺伝子欠損(V1bR-/-)マウスを作製し,AVP受容体の機能解析を行ってきた。V1aR-/-マウスおよびV1bR-/-マウスはさまざまな表現型を呈し,V1aRおよびV1bRを介するAVPの新たな生理作用も明らかになってきている。V1bR-/-マウスは,視床下部-下垂体-副腎系(HPA axis)の変化2),インスリン感受性の亢進2)および心理的行動の変化5)を示し,V1aR-/-マウスは内分泌機能,脂質・糖代謝,摂食行動および社会的行動の変化を示す2)6)7)。さらに,V1aR-/-マウスは循環血液量の低下を伴う低血圧を示す6)8)。以下,V1aR-/-マウスの心血管系における表現型を中心に解説する。
V1aR-/-マウスにおける血圧の変化
血圧はアドレナリンを含む多くの心血管作動性因子によって調節されている9)。これら因子のなかでAVPは最も強力な血管収縮因子の1つであり,V1aRによる血管収縮調節およびV2Rを介した体液調節により血圧を制御している3)。このように,AVPの循環器系における効果は多岐にわたるが,血圧調節機構におけるAVPの役割はいまだ不明な点も残されている。われわれは,これまでにV1aR-/-マウスを用いて心血管系の検討を行い,V1aR-/-マウスが低血圧を示すことを見出してきた8)。V1aR-/-マウスは,安静時においても心拍数の変化を伴わず血圧が有意に低下していた8)。心エコーによる心機能診断において,V1aR-/-マウスと野生型マウスの間では差は認められない8)。また,単離した腸間膜動脈床(mesenteric arterial beds)におけるAVPの血管収縮作用による昇圧反応を検討したところ,野生型マウスで認められたAVP投与による昇圧作用はV1aR-/-マウスでは消失していた。このin vitroの実験結果に加えて,マウス個体へのAVP投与によるin vivoの実験結果でも,AVP刺激による昇圧反応はV1aR-/-マウスで消失ないしは著しい低下がみられた。これらの結果はAVPによる血管収縮が主にV1aRを介していることを示しており8),AVPによる血圧上昇反応の低下がV1aR-/-マウスの低血圧の原因の1つであると考えられる。興味深いことに,V1aR-/-マウスの動脈床あるいは無麻酔下のV1aR-/-マウスを生理学的濃度を超える高濃度のAVPで刺激することで,血管拡張作用と降圧反応が誘導された3)8)10)。このV1aR-/-マウスにおける高濃度AVP投与による血圧低下はV2R選択的阻害薬の前投与により阻害されたことから,AVPによる血管収縮の制御においてV1aRとV2Rの役割が異なることが示唆される8)。
V1aR-/-マウスにおける動脈圧受容体反射の低下
これまでにわれわれは,V1aR-/-マウスの圧受容体反射が野生型マウスに比べ有意に低下していることを見出している。V1aR-/-マウスあるいはV1aR選択的拮抗薬を投与した野生型マウスでは,血管作動薬の1つであるα1アドレナリン受容体作動薬のフェニレフリンや血管拡張作用のある一酸化窒素(NO)により強制的に血圧を上昇もしくは低下させると,血圧変動に伴う心拍数変化の応答性が著明に抑制されていた8)。この結果と一致するように,AVP欠損ラットでは圧受容体反射感受性の低下が認められ,圧受容体反射へのV1aRの関与を示唆している11)。さらに,反射中枢を含む片側の迷走神経の電気刺激により惹起される徐脈がV1aR-/-マウスでは著しく減少し,V1aR-/-マウスでは中枢圧反射弓が障害されていることも示唆された12)。V1aRは中枢において求心性迷走神経の終末である孤束核に多く発現しており,この領域に発現しているV1aRが心拍の圧受容体反射の制御と血圧の恒常性維持に重要な役割を果たしていると考えられる。
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※記事の内容は雑誌掲載時のものです。