バソプレシンと受容体拮抗薬の臨床応用
バソプレシンおよびオキシトシンの中枢作用と創薬ターゲットとしてのバソプレシン受容体,オキシトシン受容体の意義
Central actions of vasopressin and oxytocin and implication of their receptors as therapeutic targets
Fluid Management Renaissance Vol.1 No.2, 26-33, 2011
Summary
バソプレシン(VP)とオキシトシン(OXT)は下垂体後葉から分泌されるホルモンであるが,近年これらのペプチド含有神経終末および受容体が脳内に広く分布し,社会認知行動や情動応答などに関与することが明らかにされた。また,不安障害,うつ病,自閉症などの病態への関与が示唆されている。VP遺伝子とOXT遺伝子は互いに相同性が高く,リガンドや受容体の脳内分布にも共通性が認められるが,それぞれの受容体によって媒介される高次脳機能への関与には差異が認められる。受容体特異的拮抗薬や遺伝子ノックアウトマウスを用いた研究により,VPとOXTの脳内作用についての理解が急速に進んだ。本稿では,VPとOXTの脳内作用に加え,それぞれの受容体リガンドを中枢疾患治療薬として臨床応用する可能性について解説する。
Key words
■ストレス ■社会認知行動 ■不安 ■自閉症
バソプレシンとオキシトシン
バソプレシン(VP)遺伝子とオキシトシン(OXT)遺伝子の塩基配列は高い相同性を有しており,系統発生の早い時期に遺伝子の重複が生じ,その後それぞれの遺伝子が独立に進化を遂げたものと推測されている。両者はヒトでは20番染色体,マウスでは2番染色体,ラットでは3番染色体の上で隣接し,しかも互いに逆向きに配列している(図1)。

VPもOXTも9個のアミノ酸残基からなるペプチドであり,SH基を有する一組のアミノ酸同士のS-S結合による環状部分と直鎖部分を有する(図1)。VPの第8位のアミノ酸はブタではリジン残基(lysine VP;LVP)であるが,その他の哺乳類ではいずれもアルギニン残基(arginine VP;AVP)である。VPはニューロフィジンⅡ,OXTはニューロフィジンⅠというキャリア蛋白質とともにコードされており,これらは分泌顆粒中でプロセッシングを受ける。VP遺伝子からはコペプチンという糖ペプチドも生成されるが,その機能はわかっていない。
VPには3つの受容体(V1a,V1b(V3とも呼ばれる),V2)が知られるが,OXT受容体はただ1つである。化学構造の相同性から,OXTは弱いながらもV1a受容体のリガンドとして働き腎血管を収縮させることが報告されている。VP受容体は7回膜貫通型G蛋白質共役受容体であり,V1a,V1bはGqと共役しフォスフォリパーゼC/Ca2+依存性シグナル伝達系を介するのに対し,V2はGs/アデニルシクラーゼ/cAMP依存性シグナル伝達系を介して働く。V1aとV1bはともに脳内(大脳皮質,中隔野,海馬,扁桃体,手綱,分界条床核,視床下部,視床など)で発現し,社会認知行動,情動応答やストレス応答などに関与する1)。下垂体前葉のコルチコトロフに発現し副腎皮質刺激ホルモン放出因子(corticotropin releasing factor;CRF)とともに下垂体門脈血中に分泌されるVPは,V1bを介して副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)の分泌を促す。V2受容体はもっぱら腎の遠位尿細管と集合管に発現し,VPによる抗利尿作用を媒介する。OXT受容体はGqと共役する7回膜貫通型G蛋白質共役受容体である。OXT受容体は乳腺の筋上皮細胞と妊娠後期の子宮平滑筋と内膜に発現するが,中枢神経系にも広範に発現が認められ,ストレス応答,情動応答,社会的記憶,社会認知行動,攻撃性,母性行動などへの関与が示唆されている2)。
本号は「バソプレシンと受容体拮抗薬の臨床応用」の特集であるが,前述のようにVPとOXTは相互に深い関連性を有するペプチドであり,脳内ではともに情動,認知,ストレス応答に関与することから,本稿ではVPと並行してOXTについても解説を行う。はじめにVPとOXTリガンド,およびそれぞれの受容体発現の脳内分布について概観し,次に脳内でのVPとOXTの働きについて考察する。最近AVP V2受容体拮抗薬(モザバプタン,トルバプタン)が臨床的に用いられるようになったが,その他の受容体拮抗薬についても一部で臨床応用を視野に入れた研究が行われている。そこで,AVP受容体拮抗薬やOXT受容体リガンドなどの臨床応用の可能性についても考察する。
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※記事の内容は雑誌掲載時のものです。