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2018年度日本再生医療学会奨励賞

【基礎部門】Tbx6は多能性幹細胞から中胚葉を誘導し,心血管系と筋骨格系への分化を制御する

貞廣威太郎家田真樹

再生医療 Vol.18 No.1, 60-67, 2019

脊椎動物の発生は内胚葉,外胚葉,中胚葉からなる3胚葉に由来することが知られている。特に中胚葉は,胚盤葉上層の細胞が原始線条に陥入することで形成され,以降は各種サイトカインによる影響を受けながら,心血管系などに分化する側板中胚葉や,筋骨格系などに分化する沿軸中胚葉などが発生する。原始線条から中胚葉への分化においては,その位置によって分化する臓器が異なっていることが知られており,心臓は原始線条の中程から派生した側板・心臓中胚葉から分化する最も早期に形成される臓器である。そして,心臓中胚葉からさらに分化した心臓前駆細胞は心筋細胞・平滑筋細胞・血管内皮細胞など,心臓を構成する細胞へと分化する1)2)。一方で,より原始線条の前方から分化した沿軸中胚葉から派生する体節は筋骨格系細胞や皮膚に分化することが知られている3)
近年,多能性幹細胞から分化させた臓器の細胞を用いた再生医療が注目されているが,その臓器へと選択的に分化させる誘導法は,発生学の知見を応用している。中胚葉への誘導ではbone morphogenic protein(BMP),Nodal/Activin,Wntシグナルが重要であり,これらのシグナルの発現量や発現時期に基づいて多能性幹細胞は,その分化の方向性を決定する。しかし,標的因子など分子生物学的機序に関しては,いまだ不明な点が多い。さらに多能性幹細胞から目的の中胚葉細胞を誘導するためにはBMPなどの高価な液性因子や,低分子化合物を用いる煩雑な誘導法が必要であり,遺伝子発現を制御するだけで中胚葉誘導が可能となるような分化制御遺伝子の存在は不明である3)-6)。そこで筆者らは液性因子に頼らず,単一遺伝子によって多能性幹細胞から選択的な心臓中胚葉・心筋細胞への誘導が実現すれば,安定かつ簡便,さらに安価に心筋作製が可能となり,心臓再生医療の飛躍的な前進が期待されると考え,幹細胞からの心臓中胚葉誘導の新規制御因子を同定し,その分子機構を解明する本研究を着想した。
これまでに筆者らは線維芽細胞にレトロウイルスベクターを用いて転写因子を導入し,直接心筋を作製する心筋ダイレクトリプログラミング法を開発し,Gata4,Mef2c,Tbx5の3つの心筋特異的転写因子が,線維芽細胞からiPS細胞を経ずに直接心筋細胞(iCM細胞)を誘導できるリプログラミング因子であることを世界で初めて示した7)8)。しかしこれまで心臓中胚葉リプログラミング因子の報告はない。そこでまず幹細胞への遺伝子導入と比較して,容易かつ短期間で遺伝子導入が可能な線維芽細胞を用いてスクリーニングを行い,心臓中胚葉誘導因子を同定する研究を行った。そして,このダイレクトリプログラミングを応用したスクリーニングの結果,これまで心臓発生との関係が明らかでなかったTbx6という転写因子が,多能性幹細胞から液性因子を使用せずに心臓中胚葉細胞を誘導するだけでなく,発現期間の調節により骨格筋や軟骨細胞までもが誘導可能であることを見い出し,Tbx6が多能性幹細胞からの中胚葉分化を制御する因子の1つであることを見い出した(Sadahiro et al,Cell Stem Cell. 2018 ; 23 : 382-95.)。
本稿では,この研究内容を紹介するとともに,本研究が今後の再生医療に対して与えうる影響について解説する。
「KEY WORDS」Tbx6,多能性幹細胞,心臓中胚葉,筋骨格系,リプログラミング

※記事の内容は雑誌掲載時のものです。

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