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血栓症に関するQ&A PART6

1.成因・危険因子 Q11 敗血症におけるDICや臓器障害の発症の予知マーカーについて教えてください

岡嶋研二

血栓と循環 Vol.19 No.1, 45-48, 2011

Answer
はじめに

 重症敗血症の死亡率は,25~30%といまだに高く,この病態に対する有効な治療法の確立とそれを用いた早期治療の実施が緊急課題である1).そのため,敗血症の重症化を予測しうるマーカーが見つかれば,敗血症の重症化の抑制,また,重症敗血症の早期治療が可能となり,これらの患者の予後の改善に寄与すると考えられる.まず,重症敗血症の病態を解説し,この病態の重症化予測マーカーとしてどのような物質が適しているか,また,実際に,そのマーカーの,敗血症の病態重症化予測における有用性を述べる.

重症敗血症の発症機序

 重症敗血症における臓器障害や播種性血管内凝固(DIC)の発症(すなわち,敗血症の重症化)には,単球やマクロファージなどにより産生される炎症性サイトカインの1つである腫瘍壊死因子(tumor necrosis factor:TNF)が,重要な役割を演じる.TNFは,侵害刺激により傷害された細胞にアポトーシスを誘導する.この過程で,細胞内で活性化されたcaspase-3は,血管内皮細胞に作用して,単球や好中球の走化因子であるendothelial monocyte activating-polypeptide(EMAP)-Ⅱの発現を増加させる.これらの結果,好中球が組織傷害部位へ集積し,アポトーシスを起こした細胞を貪食により除去する2).この過程は,生体防御反応の1つである.しかしながら,侵害刺激や宿主のTNF産生能が過大であると,過剰なアポトーシスとそれに引き続く過剰な数の好中球の局所への動員が惹起される.好中球の異物の貪食の際に,好中球エラスターゼや活性酸素種が細胞外へ放出されるが,それらが大量に放出されると血管内皮細胞や実質細胞を傷害し,結果として,組織の機能障害を伴う炎症(すなわち,過剰な生体防御反応)を惹起する3).
 生体には,前述のような過大な侵害刺激によって惹起される炎症とそれに伴う臓器障害を抑制するシステムが存在する.ショックなどの循環動態の不安定化(循環動力学的変化),もしくは,組織傷害により生成される物質(化学的変化)により,それぞれ,血管内皮細胞,および知覚神経が活性化される.これらの結果,知覚神経末端からは,カルシトニン遺伝子関連ペプチド(calcitonin gene-related peptide:CGRP)が放出され,血管内皮細胞の構成型一酸化窒素合成酵素(endothelia nitric oxide synthase:eNOS)を活性化する.産生された一酸化窒素(NO)は,さらに,血管内皮細胞に構成的に発現しているシクロオキシゲナーゼ-1(cyclooxygenase 1:COX-1)を活性化し,プロスタグランジンの生成を増加させる.NO,およびプロスタグランジンは,細動脈の拡張作用,およびTNFの産生抑制作用を有するので,これらの物質の産生増加の結果,組織血流量が増加し,炎症反応が抑制される4).さらに,CGRPとプロスタグランジンは,近傍の分裂能力のある若い細胞に作用して,インスリン様成長因子-Ⅰ(insulin-like growth factor-Ⅰ:IGF-Ⅰ)の産生を増加させる3)5).IGF-Ⅰは,細胞の分化増殖,および生存に不可欠の物質で,caspase-3の活性化を抑制することで,TNFによるアポトーシスを抑制するほか,EMAP-Ⅱの発現を阻害して,好中球の組織への集積をも抑制する5).また,IGF-Ⅰは,組織の幹細胞に作用して,分化増殖させ,組織の再生にも寄与する3).
 これらの事実を総合すると,TNFの産生が,IGF-Ⅰの産生を凌駕すると,炎症反応が惹起され,臓器障害が発現する可能性が高い3).TNF産生が,IGF-I産生を凌駕する機序は,(1)宿主のTNF産生が遺伝的に高い,(2)加齢によるeNOS活性の低下,(3)侵害刺激が過大,(4)好中球エラスターゼによるeNOS活性低下,(5)血糖コントロールが不良で,高血糖による知覚神経機能低下などが考えられる.
 前述のように,IGF-Ⅰによる臓器障害制御機構が破綻すると過剰なTNFによる臓器障害が発現する.この臓器障害制御機構の破綻に白血球接着分子を介した活性化好中球による血管内皮細胞障害が重要な役割を担う.
 TNFによるアポトーシス誘導の結果生成されるcaspase-3は,EMAP-Ⅱの発現増加を介して,好中球を組織に集積させる.TNFは,好中球を活性化するが,血管内皮細胞にも作用して,その膜表面に好中球に対する接着分子であるE-セレクチンの発現を増加させる.これらの結果,循環血液中の好中球は,傷害部位の血管内皮細胞表面に粘着し,血管外へ遊走する.この過程で,血管内皮細胞に粘着した活性化好中球は,好中球エラスターゼや活性酸素種を放出して,血管内皮細胞機能障害を惹起する.これらの結果,血管内皮細胞のNO,およびプロスタグランジン産生は低下し,TNF産生がIGF-Ⅰ産生を凌駕し,血管透過性の亢進,血管内皮細胞のアポトーシス,好中球の血管外への遊走,さらに活性化好中球による実質細胞傷害などの炎症,および臓器障害が惹起される4).
 急性呼吸促迫症候群(acute respiratory distress syndrome:ARDS)は,これまでに述べた機序による肺での血管内皮細胞障害により発症する.ARDSは,重症敗血症の予後を最も不良にする臓器不全で,重篤な急性呼吸不全で発症するが,その死因の多くは敗血症性ショックを伴う多臓器不全である6).肺血管内皮細胞は,生体内で最大のプロスタグランジン産生組織であり,粘着した活性化好中球による肺血管内皮細胞障害によるプロスタグランジン産生低下が,IGF-Ⅰ産生を低下させ,TNF産生を増加させる.その結果,肺で誘導型一酸化窒素合成酵素(inducible nitric oxide synthase:iNOS)が大量に誘導され,それに由来する大量のNOがショックを惹起する.すなわち,活性化好中球による肺血管内皮細胞障害が,ARDSと敗血症性ショックの共通した原因である可能性が高い7)8).

敗血症の重症化予測マーカーとしての血中可溶性E-セレクチン

 前述のように,大量に産生されたTNFによる血管内皮細胞表面のE-セレクチン発現増加により,活性化好中球が,傷害局所に集積,さらに組織へ遊走し,血管内皮細胞,および実質細胞を傷害する.培養血管内皮細胞をTNF,およびインターロイキン-1により活性化すると,血管内皮細胞表面のE-セレクチンの発現増加とともに,培養上清に細胞内ドメインを欠損した可溶性E-セレクチン濃度が増加する8).また,重症感染症症例では,ショックを合併した場合のみ,血中可溶性E-セレクチン濃度が増加することが示されている8).血中可溶性E-セレクチン濃度は,全身性炎症反応症候群症例で,感染に伴う場合,すなわち,敗血症でのみ増加することも判明している9).また,敗血症症例では,発症時の血中可溶性E-セレクチン濃度上昇は,その後の臓器不全の程度と密接に関連することも示されている9).さらに,in vitroの解析から,培養血管内皮細胞がアポトーシスを起こした場合にのみ,培養上清に可溶性E-セレクチン濃度が増加することが判明している10).これらの事実を考え合わせると,TNF産生の反映である血中可溶性E-セレクチン濃度増加は,肺血管内皮細胞のアポトーシスを反映し,敗血症におけるARDSの発症を介して,その重症化と密接に関連している可能性が高い.
 Shioyaら11)は,急性肺障害を認める重症敗血症症例で,血漿中のさまざまな可溶性白血球接着分子と炎症性サイトカイン濃度を測定し,可溶性E-セレクチン濃度が,急性肺障害発症と最も密接に関連して増加し,これらの値は,TNFとインターロイキン-8と強い正の相関を示したことを報告している.これらの所見は,これまでの急性肺障害の発症に過剰なTNF産生が関与していること,および過剰なTNF産生と可溶性E-セレクチン濃度増加が密接に関連し,ARDSの発症に,活性化好中球による急性肺血管内皮細胞障害が重要であるという報告と矛盾しない.
 血中可溶性E-セレクチン濃度の増加が,ARDSの発現に先立って認められれば,血中可溶性E-セレクチン濃度測定は,敗血症の重症化予測に有用で,また,早期治療開始のマーカーになると考えられる.筆者らは,ラテックス凝集を利用した短時間で測定できる血中可溶性E-セレクチン濃度定量法を三菱化学メディエンス社と共同開発し,全身性炎症反応症候群を呈する症例での血中可溶性E-セレクチン濃度増加が,近い将来の臓器不全発症を予測しうるか否かを検討した.その結果,これらの患者で,血中可溶性E-セレクチン濃度が正常群の発症後5日以内のARDS発症率は,14.3%であったが,この濃度が高値であった群のARDS発症率は,68.2%と有意に高いことが判明した12).また,血中可溶性E-セレクチン濃度が高値であると,ショック,腎障害,およびDICの発現頻度も有意に高いことも判明した12).これらの病態の発現予測における血中可溶性E-セレクチン濃度のカットオフ値の算出から,血中可溶性E-セレクチン濃度が高値である症例では,図1に示す順序で,臓器障害,およびDICが発症してくると考えられる.

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