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遺伝子改変動物から学ぶ血栓症

第28回 ヘパリンコファクターⅡ欠損マウスにおける心血管リモデリング解析

粟飯原賢一

血栓と循環 Vol.19 No.1, 6-10, 2011

はじめに
 血液凝固カスケードの強力なイニシエーターであるトロンビンは,その酵素作用のみならず,トロンビン受容体(protease-activated receptors:PARs)の活性化を介して,血小板の凝集促進,血管平滑筋細胞の遊走・増殖,線維芽細胞などでのマトリックス産生亢進などを来すことが知られている.中でもPAR-1は,加齢や脂質・糖代謝異常,高血圧などの血管ストレス条件下において,血管平滑筋細胞や,マクロファージ,線維芽細胞での発現が亢進し,粥状動脈硬化症をはじめとするさまざまな血管リモデリングの進展に寄与することが明らかとなってきた.さらには心筋細胞にもPAR-1の発現が報告され,病的な心筋肥大の形成にも関与することが明らかとなってきた.したがってトロンビン-PAR-1系の制御は,心血管病の病態形成の理解と予防法の開発において重要な課題となっている.

ヘパリンコファクターⅡ

 ヘパリンコファクターⅡ(HCⅡ)は分子量65.6kDの一本鎖糖蛋白であり,アンチトロンビン(AT)とともにserine protease inhibitor(serpin)に分類される.HCⅡ蛋白は肝臓で合成後,流血中に分泌され,末梢血中に1μMの濃度で循環している1).ATは血管内の流血中において,トロンビンのほか,凝固因子のⅨaやⅩaの活性を阻害するが,HCⅡは主に血管内皮下の血管平滑筋細胞や線維芽細胞が存在するいわゆる血管外組織において,トロンビンのみを特異的に阻害する2)3).HCⅡは血管平滑筋細胞や線維芽細胞にて産生・分泌されるデルマタン硫酸と協調し,トロンビンとの三者で複合体を形成することで,トロンビン-PAR-1系の活性化を阻害する4)5)(図1).

トロンビンは,加齢や脂質・糖代謝異常,血圧異常などでダメージを受けた血管内皮下の血管平滑筋細胞層や線維芽細胞の存在するマトリックスに容易に浸透・浸潤するため,HCⅡはこの傷害血管壁におけるトロンビン作用を,効果的に阻害しうる防御因子として重要な役割を担っている.実際にわれわれはこれまで,血漿HCⅡ活性の低下は冠動脈形成術後のステント内再狭窄6)や頸動脈硬化7),閉塞性動脈硬化症8)の発症増加に相関することのほか,心筋リモデリング異常を来すことを見出し9),HCⅡがトロンビン作用抑制を介して,心血管リモデリング抑制効果を発揮することを示した.

HCⅡ遺伝子改変マウスを用いた心血管リモデリング解析

 臨床研究の結果からHCⅡはヒトにおける抗動脈硬化および心筋リモデリング抑制因子であることが明らかとなったが,その分子機序については,不明な点が多い.そこで,われわれはgene targeting法を用いて,HCⅡ欠損マウスを作成した10).

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