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糖尿病と癌

TOPICS ②修飾インスリンは癌の発症率を上昇させるか

坂口一彦小川渉

Diabetes Frontier Vol.22 No.1, 44-48, 2011

はじめに
 修飾インスリン(インスリンアナログ)とは,ヒトインスリンのアミノ酸配列の一部に修飾を加えることにより,インスリンとほぼ同等の生理活性を有しながら薬物動態が改変された医薬品である。すなわちアスパルトはB鎖28位のプロリンをアスパラギン酸に,リスプロはB鎖28位,29位のプロリンとリジンをそれぞれリジンとプロリンに,グルリジンはB鎖3位のアスパラギン・B鎖29位のリジンをそれぞれリジン・グルタミン酸に置換したものであり,グラルギンはA鎖21位のアスパラギンをグリシンに置換した上,B鎖C末端に2個のアルギニンを追加したもの,デテミルはB鎖30位スレオニンを削除し,29位のリジンにミリスチン酸の側鎖を付加したものである。こうした修飾により超速効性や持効性などヒトインスリンにはない薬物動態の特性が得られ,より良好なコントロールが達成できる可能性や注射タイミングの面での利便性から臨床で頻用されるようになった。インスリングラルギンは修飾インスリンの1つで約24時間にわたる長い作用時間と明らかな作用ピークをもたない特性より,基礎分泌の補充に適している。経口血糖降下薬へグラルギンを追加するインスリン療法は,Basal Supported Oral Therapyとしてわが国においても広く行われるようになった。
 2009年6月『Diabetologia』誌電子版に,このグラルギン使用と癌の発生に関する4件の後ろ向きコホート研究と1件のランダム化比較試験のサブ解析が発表され,大きな議論となった。
 本稿ではこれらの解析結果を中心に,修飾インスリンと癌に関する最近の知見を概説する。

key words
修飾インスリン/IGF-1受容体/癌

I.糖尿病,癌,インスリン,インスリン様成長因子-1(IGF-1)

 他項で詳細に述べられるが,従来より糖尿病の存在は癌リスクを高めることが多くの疫学調査により報告されてきた。その機序の1つとして肥満・インスリン抵抗性を背景とする高インスリン血症の存在が注目されている。なぜならば,非糖尿病患者を対象とした研究で,大腸癌,乳癌,膵癌などの発症と末梢血中のインスリン濃度の間に相関関係が報告されているからである1)2)。インスリンは培養細胞において細胞増殖因子として作用し,さらにごく軽度ながらIGF-1 受容体活性化作用を有することも知られている。IGF-1 のシグナルは培養細胞を用いた実験で増殖刺激活性や抗アポトーシス活性を示すことが確認されているため,インスリンやIGF-1 シグナルの過剰な活性化が発癌を惹起する可能性があると考えられている。初期の修飾インスリンであるB10Asp はIGF-1 受容体に対する親和性が高く,強い増殖刺激活性と腫瘍原性を示したため開発が中止された。現在臨床で使用されている5種類の修飾インスリンのなかで特にグラルギンが注目されるのは,ヒト培養細胞を用いた検討でグラルギンのIGF-1 受容体結合能がヒトインスリンよりも若干高いことが示されているためである3)。ただしIGF-1 受容体の活性化能はIGF-1 に比べて著しく低く,細胞増殖活性もヒトインスリンと同程度あるいはそれ以下であったため,ヒトインスリンと同様の安全性をもつと判断され,わが国においても2003 年に発売が承認されたという経緯がある。

II.グラルギンと癌に関する臨床研究

 2009 年の『Diabetologia』誌9月号(電子版は6月に発表)に,グラルギンと癌に関する5つの臨床研究が報告された。
 その1つはドイツ国内の大規模な保健データベースに基づいた後ろ向きコホート研究である4)(表1)5)。

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