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結核と非結核性抗酸菌症

抗酸菌症と抗TNF製剤を中心とするバイオ製剤

Mycobacteriosis caused by biologics.

松本智成

Pharma Medica Vol.30 No.6, 53-63, 2012

はじめに
 関節リウマチは,100人のうち0.5~1が罹患するといわれている。自己免疫が関与するといわれている慢性炎症性関節炎で,今までは強力な治療を行い,どれだけ疼痛や炎症を抑えても関節破壊の進行を止めることができず,機能障害をきたすといわれた疾患である。しかしながら,この数年で関節リウマチの治療は大きく変わり,疼痛を含めた症状をとる緩和ケアから,破壊された関節を修復させる治療が可能になってきた。これからの関節リウマチ治療の重要なポイントは,患者の現在の症状を取り除きつつ,長期的な経過を考慮した治療を行っていくことである。

KEY WORDS
●バイオ製剤 ●生物学的製剤注) ●抗TNF製剤 ●結核 ●活動性結核患者への抗TNF製剤投与

はじめに(続き)

 リウマチ治療の大きな変革の中心をなしたのがメトトレキサート(MTX)ならびに抗TNF製剤や抗IL-6受容体抗体を主とする生物学的製剤といわれる薬である1)。多くのバイオ製剤は,体内の炎症性サイトカインを中和したり,抗炎症性サイトカインを増やすことで体内のサイトカインバランスを安定化させる。
 抗炎症効果を期待するだけなら,薬価も安い糖質コルチコステロイドで十分である。しかしなぜ,バイオ製剤が必要であるのか。
 糖質コルチコステロイドは炎症を抑え短期的なQOLは改善できるが,関節破壊の進行を止められず長期的なQOLは低下してしまう。一方,バイオ製剤は抗炎症効果もさることながら,関節破壊の進行を抑制し,さらに一部の症例では修復が期待され,長期的なQOLを改善できる可能性が高いからである。これらのことと,生涯の医療費の低下が見込まれるバイオ製剤が,薬価が高額であるにもかかわらず推奨される理由である。このことから,バイオ製剤の適応は,長期にわたり安全に投与することができ,QOLの維持,改善が期待できる患者であるといえる。
 前述のように夢のような変革をもたらしたバイオ製剤であるが,その作用機序から感染症の増加が予想され,実際にも報告されてきた。特に,抗TNF製剤は結核の発症率を増加させることで知られている。そして,現時点ではバイオ製剤により結核を発症した患者に対しては,再びバイオ製剤を投与しないことが主流である。
 そのためバイオ製剤による有害事象でQOLが低下する可能性が高ければ,投与しない選択が賢明である。
 この章では,抗酸菌診療を行う立場からみた,関節リウマチにおける抗TNF製剤を中心とするバイオ製剤と結核を中心とした抗酸菌について,その診断,予防,治療法について述べる。関節リウマチ診療のポイントは,バイオ製剤投与の適応にある患者に対して,早期に副作用なく安定して投与することと,適応外の患者には投与しないということ,そしてそれを判断することである。

Ⅰ.結核の歴史

 結核菌は古くから人類と密接に関わってきたことが知られている細菌であり,人類最古の結核の痕跡は,紀元前7000年頃に存在したハイデルベルグ原人の第4および第5胸椎にみられる。またエジプトのミイラにも結核発病の痕が認められる2)。そのなかで最も有名なものは,黄金の棺のなかから発見されたツタンカーメン王のものである2)。最近ではインカ帝国跡からみつかったミイラをCTスキャンで観察することで,肺門,腸管のリンパ節の石灰化像がみつかり結核に罹患していたことがわかった。
 結核菌は現在までの間,人間がもっている感染発病に対する免疫力との戦いを経て,自己の生存に最も適する状態を獲得するように変化していった。

Ⅱ.増え続ける結核

1.日本における結核の疫学

 1943年の結核死亡率は人口10万対235で,2010年の約120倍と高く,結核はかつては死の病もしくは,亡国病として恐れられていたが,ストレプトマイシン(SM),イソニアジド(INH),パス(PAS)の導入,さらにはリファンピシン(RFP),エタンブトール(EB),ピラジナミド(PZA)の開発による標準化学療法の確立で結核患者数は1980年まで大きく減少し,一時は「結核の流行は終わった」といわれるくらいになった。ところが1996年~1997年にかけて結核患者の発生件数,その罹患率が増加に転じ,その後3年間上昇を続けた。1997年で約42,000人の新規結核患者が発生し,約2,700人が結核で亡くなった。そのことを受け1999年7月26日に結核緊急事態宣言が厚生大臣より発令された。結核緊急事態宣言以降は,結核患者発生数の減少幅はいったん増えたが,最近では鈍る傾向にある。現在の日本の結核罹患率は,2010年では人口10万あたり18(約5,000人に1人)で,他の先進諸国に比べ数倍の高さ,米国の1970年ごろの水準にあることから,日本は「結核中進国」と位置づけられている3)。
 2011年において,都道府県のなかでは大阪府は20年連続ワースト1であり,政令指定都市では大阪市が40年連続ワースト1であった。結核は過去の病気と思われているが,まだまだ日本における最大の感染症である4)。

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